福永「海外での生活が長かったんですが、2019年に日本に戻って、僕の故郷である北海道で『アイヌモシㇼ』を撮りました。アイヌ文化について調べていくうちに、日本人のアイデンティティとは何だろうということに興味が湧き、いろんな昔話や『遠野物語』を読みました。『アイヌモシㇼ』は夏と秋冬に分けての撮影だったので、その合間に遠野も訪ねました。『遠野物語』が編纂された頃の東北は、昔からの民間信仰などが色濃く残っていた地域でした。短い逸話がほとんどですが、『どこどこの誰々が……』と不思議な出来事が現実のこととして採録されているところに惹かれました。人間と自然との関わり方がとてもリアルで、日本人の源流みたいなものが感じられたんです」

 河童や座敷わらしなど『遠野物語』には不思議な存在も語られているが、福永監督は山男や山女といった人里から離れた山々で暮らす山人(やまびと)をクローズアップする形で映画化している。

福永「人間には理解できない存在が『遠野物語』では語られていますが、そのまま映像化してしまうと妖怪たちが出てくるファンタジーになってしまいます。僕が『遠野物語』を読んで面白いと感じたのは、人間と自然との関わりであり、さらに自然の中に見出された神々や、人間の理解が及ばない存在についてでした。映画化するにあたっても、人間社会と地続きのものを描こうと考え、山男は完全な妖怪としては描いていません。一方の凛も、彼女自身は何も変わっていませんが、村人たちの目には凛が山女として見られるようになっていくという展開にしています」

 村で暮らす凛たちは質素な和服姿だが、時代劇という雰囲気はあまり感じさせない。先祖の犯した罪を背負う凛たち一家が差別され、凛自身も家長である父親に逆らうことができない。これまでの慣習に囚われ、女性や子どもが社会的弱者として虐げられている構図は、今の日本社会とさほど違わないだろう。