年末年始、ある映像作品の撮影現場での仕事中、空き時間に休憩スペースの床に座り、壁にもたれて、iPhoneのメモに物語を書き殴っていた。その時、人が来たのを感じて視線を上げれば、ある大物女優が座られていた。
うおっ!
思わず、口から声が飛び出しそうになった。それくらいの大物女優である。挨拶に立とうかと考えた。挨拶は、人としてのマナーである。だが、その勇気が湧いてこなかったのだ。
商業的報道の権力化が作る未来【沖田臥竜】
ドラマや映画に携わることは少なくない。『インフォーマ』のように原作・監修として仕事をするときは、お会いするキャスト、スタッフには挨拶はさせていただく。対して、自身が原作にかかわっていない作品の監修・所作指導の場合は人様の現場にお邪魔する感覚だ。ゆえに空き時間はなるべく気配を消し、空気と同化するようにしている。できるだけ邪魔にならないようにしているのだ。
この時の仕事も監修・所作指導。何度も立ちあがろうと試みたが、床にへばりついた腰が上がらない。私は、こうした時のアドバイザー役ともいっていい旧知の映像プロデューサーにLINEを打った。
彼は普段、LINEも電話もレスポンスがすこぶる遅い。だが嗅覚だけはするどい。私が困っているときなどのレスポンスは鬼のように早い。ならばいいじゃないかと思う諸君、侮るなかれである。ヤツはただ私が困っているのを見て、大笑いしたいだけなのだ。そんな相手にアドバイスを求めるほど、この時は気が動転していたのだろう。
アドバイザーに今の状況を説明すると、返信の行間からは、ヤツが大笑いしていることがうかがえた。
「おはようございます! よろしくお願いします!」と言えばいいんですよ(笑)
最後には、惜しみなく(笑)の文字まで入れてきやがった。私は内心で叫んだ。
バカ野郎! 明日には帰るのに「よろしくお願いします!」はおかしいから、どう挨拶するかを悩んでいるんだと。