壇の下にも!名士のお堂がずらり
壇の下には時の権力者のお堂が立ち並んでいます。
1334年に後醍醐天皇によって建立された愛染堂(あいぜんどう)。その目の前には鳥羽上皇の皇女の願立てで、行勝(ぎょうしょう)上人によって建立された不動堂(ふどうどう)。
不動堂からは蓮池(はすいけ)と呼ばれる、朱色の橋がかかった美しい池が見えます。昭和の頃まで蓮が咲き誇っていたそうな…橋を渡ったところには小さな祠が。1700年代に干ばつで苦しめられた時に建てられたそうです。
愛染堂の隣にあるのは大会堂(だいえどう)。鳥羽上皇の冥福を祈って娘の皇女が1175年に建立しました。現在では法会の集会所となっています。
1816年に再建された三昧堂(さんまいどう)。その前には西行法師が植えたとされる西行桜があります。
白河上皇の祈願で建てられた東塔(とうとう)は色鮮やかな建物。周囲の緑との対比が美しい。その目の前には手水舎(ちょうずや)があります。
修行道場から伸びる道・蛇腹道
弘法大師が「東西に龍の臥せるがごとく」と例えたとされる道、蛇腹道(じゃばらみち)。壇上伽藍に通じている高野山の寺院の並びが蛇(龍)に見立てられ、この道はちょうど蛇のお腹のあたりに位置するため、そう呼ばれているのだとか。高野山の町から壇上伽藍境内に入っていく小道です。緑の季節もいいですが、ここは秋の紅葉がとても有名。赤や黄色に染まった木々のアーチは圧巻です!
蛇腹道を進んでいくと左にお堂が見えてきます。1618年に福島正則公が建立したという六時の鐘。朝6時から22時まで、偶数時刻に鐘が鳴ります。
弘法大師は高野山全体の邪気を払うために結界を張る秘法を編み出す修行を蓮花院(れんかいん)で行っていたと伝えられています。蛇の頭を壇上伽藍とするなら、腹が蛇腹道、そして尻尾は蓮花院。蓮は泥の中でも、凛として汚れなく清く咲き、真言密教のシンボルとも言える花です。
修行道場をあとに、続く蛇腹道の先にある蓮の花の寺。ここにも弘法大師のメッセージが込められているのかもしれません。
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