だが問題は、女性皇族が結婚した後の配偶者(夫)と子どもの身分や処遇だという。そして男系男子による皇位継承を重要視する自民党が主張するのは、“配偶者や子供を皇族にしない”ということだ。

 このことに関連して「女性セブン」では、かなり好意的な解釈がなされている。

「女性皇族の夫や子供を皇族とはみなさないことが前提ながらも、御用地での同居や皇宮警察による警備、女性皇族の地方公務に同行する際の交通費の支給などを認めるというものです」(皇室記者のコメント)

 さらにこう続く。

「議論は大きく前進したといっていいでしょう。特に、愛子さまは“生涯皇族”という覚悟をお持ちのようにも見えますし、ようやく制度が整ったと安堵されているのではないでしょうか。ご結婚のハードルが下がった」(皇室ジャーナリストのコメント)

 要するに「セブン」の論調は“女性皇族の結婚が前進”して“愛子さまも安堵”しているというものだ。ところが「自身」を見ると事態は一転する。

「女性皇族の方々がご結婚相手を決めていく過程で、お相手の男性が身分差によって生じる問題を避ける可能性もあり、難航することも十分にある」
「結婚したとしても、身分差が家庭に影を落とすこともあるでしょう。現状のような国会での議論の停滞がさらに続けば、女性皇族の方々が結婚するタイミングを決めることができない状態も、さらに長引いてしまうのです」(宮内庁関係者のコメント)

 “家庭内身分差”により、結婚さえ危ぶまれてしまう。そして当事者たちの心情も真反対だ。

「十分な取り組みがなされない現状に、天皇陛下と雅子さまは強い危機感を抱かれています」(宮内庁関係者のコメント)

 この2誌の“意見対立”はタイトルを見ても一目瞭然だろう。“安堵”vs“不幸”。立場が変わると主張や内容は激変する。そんな「セブン」と「自身」の皇室記事だった。

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