愛(まな)ちゃん
2005年9月12日生まれ ♀ 享年 15歳
もし、愛犬より自分が先に、旅立つことがあったら…
余命宣告を受けた飼い主さんが、残された老犬との時間のために、決断した最期とは―。
太平洋を望む海岸近くに小池昭弘さん(享年76歳)が、東京から移り住んだのは今から17年ほど前。
離婚をして一人暮らしだった昭弘さんは、会社を定年退職して時間ができたことをきっかけに柴犬の子犬、愛(まな)ちゃんを、飼い始めました。
その溺愛ぶりは、近所でも有名で、遠く離れた親戚や友人にも年賀状には毎年必ず自身の名前と連名で「愛〇歳になりました!」と愛ちゃんの年齢を添えて送るほど。
離れた知人たちは、それが犬だと思わず、一同首をひねり「再婚して新しい奥さんの間にこんな小さな子ができたのか?」と、誤解を招く笑い話も持ち上がりました。
スーパーに行くのもどこに行くのも車で一緒。お散歩も海岸沿いや、田んぼ道をたくさん歩き、散歩後は、ブラッシングも欠かさず、愛ちゃんはいつも元気でピカピカで、幸せ犬の代表のような子でした。
昭弘さんは、昭弘さんで、愛ちゃんをひとりにしたくないと、趣味のパチンコもどんなに勝っていても、愛ちゃんの夕方の散歩時間までには終了。散歩でダイエットにも成功して、散歩の後は、自宅で愛ちゃんのそばで晩酌するのが昭弘さんの日課でした。
▲愛ちゃん10ヶ月(左)、友だち柴犬とボルゾイ
昭弘さんとご近所さんとの会話は、常に「うちの愛が・・・」から始まります。
ただ、愛ちゃんは典型的な和犬気質。誰にでもフレンドリーな犬ではなく、昭弘さんとある特定の友人にしかシッポを振りませんでした。
そんな愛ちゃんへの昭弘さんの心配事は、自分に何かあった時、預かってくれる人や場所があるのか、ということ。でも、元気が取り柄の昭弘さんは「自分は大丈夫だろう」といつも考えていました。
ところが、昭弘さんが70歳を過ぎ、愛ちゃんが10歳を迎える年、昭弘さんは脊椎を悪くして入院することに。
幸い、近所づきあいも多かった昭弘さんは、住んでいたマンションの友人たちにカギを預け、愛ちゃんのお世話をお願いすることで、無事、手術を受けることができました。
それでも、入院中は人見知りの愛ちゃんのことが気になって病院でゆっくり寝ることもできません。
愛ちゃんを、心配するあまり、入院期間を大幅に縮小して早々に退院して自宅に戻ってきたのです。
そしてそれは、愛ちゃんが14歳の誕生日を迎えた年の暮れのことでした。
体調に異変を感じて病院に行った昭弘さんは、ガンを宣告され、入院と手術を余儀なくされたのです。
▲愛ちゃん6歳、近所を昭弘さんと散歩
昭弘さんは、再び友人に愛ちゃんのお世話をお願いし、手術を終えると、早々に退院して戻ってきました。が、その直後、今度は愛ちゃんが突然、てんかんで倒れたのです。
びっくりした昭弘さんは、慌ててかかりつけの病院に愛ちゃんを連れて行き、てんかん発作の薬を処方してもらうことになりました。
その頃から愛ちゃんは、お散歩の足取りも遅くなり、軽い認知症の症状も出始め、家の中でくるくると徘徊するように。
その頃、昭弘さんは友人にこんなことを話していました。
「愛も、14歳をすぎたんだから、もうおばあちゃんだね・・・。あとどれくらい生きられるのかなあ・・・でもね、愛を置いて絶対に先には逝けないからねえ・・・絶対にダメだよ!」
それは、まるで自分の先のことを予期し「何としてでも愛ちゃんを一人にはできない」と自分に言い聞かせているかのようでした。
その予感通り、翌年秋、昭弘さんは、ガンの転移で再び一か月以上も入院しなければならなくなったのです。
問題は愛ちゃんでした。
てんかんがあり、認知症もひどくなり、片時も目が離せず、今までのように友人たちにお世話を頼むわけにもいきません。
かかりつけの獣医さんにお願いするも「うちでは一か月も面倒が見切れない」と断られてしまいました。
「どうすればいいのか・・・愛のことを思うと苦しくて夜も眠れなかった」
自身の身体のことも重なって、昭弘さんの不安は想像を超えたものになっていました。
昭弘さんは、切羽詰まって仲が良かった犬友達に病気のことを話し、愛ちゃんを「安楽死させようと思っている」と相談しました。自身の身体のことで精神的に参っていた昭弘さんは、落ち着いて判断することができなくなっていたのです。
▲愛ちゃん1歳