パキスタンはイスラム教徒が多数を占める国ですが、イスラム教徒がインドを支配しようとしているといった裏付けのないフェイクニュースでも、あらゆるメディアが流すことで本当のことのように思えてくるんです。人間は自分が信じたいものしか見ないし、都合のいい事実だけを受け入れてしまうものです。本作は、フェイクニュースを平気で広め、視聴者に信じ込ませてしまうメディアの恐ろしさも描かれているのです」

 苦労してラヴィシュらが取材したニュースは、電波妨害によってオンエアされず、クレームの多さにスポンサーは撤退し、それまで無料放送だったNDTVは有料放送に切り替わることを余儀なくされる。この厳しい状況に耐えかね、ラヴィシュが信頼していたベテランスタッフたちは次々と職場から去っていく。長年苦楽を共にした仲間との別れの日、カメラは報道フロアのテーブルに置かれたデコレーションケーキがぐしゃぐしゃに潰れた様子を映し出す。

伴野「ドキュメンタリーの制作や配信をやっている僕も、似たようなことを味わっています(苦笑)。スタッフが去っていく職場にケーキが用意されていますが、あれはレストランなどを借りて送別会を開く余裕が時間的にも経済的にもないからでしょうね。手の空いた人がそれぞれケーキを一切れずつ食べて、それでお別れ。ラヴィシュさんたちが食べたケーキは、さぞかし苦い味だったに違いありません」

 家族に心配されながらも、ジャーナリストとしての矜持を守り続けるラヴィシュだったが、そんな彼に希望の光が差すことになる。2019年8月、フィリピンの財団が運営する「マグサイサイ賞」を受賞したのだ。「アジアのノーベル賞」とも称されるこの賞は、2024年に「環境保護や平和を提唱した作品を数多く手がけた」として宮崎駿監督が受賞したことでも知られている。

伴野「インド国内では苦闘が続いたラヴィシュさんですが、アジアの中では、彼の地道な活動がちゃんと評価されていたわけです。本作で描かれるのはそこまでですが、その後のNDTVやラヴィシュさんの動向が気になる方は調べてみてください。それは、視聴者が想像するとおりなのか、驚きの展開なのか…。本作『あなたが見ている限り真実は生き残る』は、正しいジャーナリズムを続けることの難しさを克明に描いているのです」