土佐 それでも、いろいろな意味で喜ばしいと述べたのは、主に2つの理由からです。第一に、そのような負の歴史を見つめ直す視線が一時でも社会の大きな注目を集めたこと。第二に、日本と同じく女性の地位が遅々として向上せず、それどころか近年は「女性嫌悪」の風潮が目立っている韓国で、女性の表現者にスポットライトが当たったこと。そういう意味で、この授賞は明らかにマイノリティに対するエンパワーメントの側面が強かったと思います。「日本原水爆被害者団体協議会」のノーベル平和賞受賞と同じく、すぐに金儲けに結びつく分野でなくても、人類の生存という大きな目的のためには、地道な実践や表現がどれほど重要なのか、改めて考えさせてくれるメッセージが込められていたと思います。
――2018年に『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)が日本でも29万部超えのベストセラーを記録して以降、同作のようなフェミニズム系の韓国文学が女性を中心に評判を呼んでいます。近年の「韓国文学(K-文学)ブーム」の人気をどのように考えますか?
土佐 まず、小説が代表する現代文学は、基本的にはすべて「世界文学」だと思います。アルベール・カミュやガブリエル・ガルシア=マルケスを読まずに小説を書いている作家は、世界のどこにもいないでしょう。そのような世界文学を吸収したうえで、日本の現代小説も書かれています。そして、今度は安部公房、大江健三郎、村上春樹といった作家の作品が翻訳され、海外でも読まれるようになっています。世界文学は閉じたものではなく、日々増殖を続けている生き物であり、「韓国文学」というものも、そうした動的ネットワークの一部として存在感を増しているということです。
その中でも、『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョ・ナムジュや『走れ、オヤジ殿』(晶文社)のキム・エランなど、女性作家の活躍が非常に目立っています。文学にはそもそもそういう傾向がありますが、彼女らの視線は社会の弱い部分に向けられます。それが海外の読者の共感を呼んでいるわけです。