当時の鉄砲=火縄銃には50メートル程度しか有効射程がありません。さらに、火縄銃は弾の装填だけでなく火薬の準備など手間がかかるため、一度砲撃してから次の砲撃までには熟練の射手でも数十秒以上の時間がかかり、一度に多くの鉄砲を射つことにこだわりすぎると、武田の騎馬隊(の生き残り)が防御柵まで到達してしまい、鉄砲隊は柵ごと押しつぶされてしまったでしょう。しかし、2021年放送の『歴史探偵』(NHK総合)では、湯浅大司さん(新城市設楽原歴史資料館館長)の協力のもと、火縄銃の運用方法の検証がなされており、火縄の準備ができた者から交代で鉄砲を撃ちまくるという(ドラマ劇中にもあった)方法なら、3秒間隔での連続射撃が可能だったそうです。武田の騎馬隊目線から鉄砲隊への突撃の様子をCGで再現していましたが、「突撃は困難」と紹介されていたように、武田軍がすさまじい鉄砲の雨を浴びせられていたことがわかります。あの集中砲火の中を生き残れるとはとても思えません。

 「3千丁の鉄砲で、武田兵を三段撃ちで迎えた」という逸話の初出は、江戸時代初期に書かれた小瀬甫庵の歴史小説『信長記』です。そして、ここに見られる「三千丁を千丁ずつ、立ち代わり立ち代わり撃たせる」という原文の記述を、後世の我々が便宜上「三段撃ち」と呼んでいるだけなのですね。ですから、ドラマにも出てきたような、準備できた者から撃っていくという方法こそ、本当は『信長記』の原文の記述や、史実に近いといえるのかもしれません。

 『甲陽軍鑑』ではまともに戦わなかったとされる穴山梅雪の兵たちについてですが、史実では先発隊ではなく、後方に配置されていたようです。ゆえに鉄砲の雨を浴びたところで、火縄銃の有効射程圏を大きく外れる100メートルを超えた地点にいる梅雪隊に実害は少なく、当然、死者もあまり多くはなかったと考えられます。しかし、自軍に犠牲は少なくとも、無茶な突撃命令によって多くの人命を犠牲にした勝頼に対する梅雪の失望は大きかったのでしょう。先ほど述べたように、後に梅雪は勝頼を裏切ることになります。

 さて、史実どおりにいくのならば、ドラマの梅雪も、勝頼を見限って織田・徳川両家に接近していく姿が描かれるのでしょうが、そう簡単にはいかないかもしれません。次回・第23回の予告映像で、なんと梅雪演じる田辺誠一さんが唐人(=中国人)風のいでたちで登場していたのには驚かされました。