今回の和訳レッスンでは、英語のだじゃれをどう訳すかを検討していきましょう。

英語のだじゃれは、ほとんどの場合、うまく日本語に訳せないことでしょう。なぜなら英語の言葉とそれに相当する日本語の発音は似ていることはまずないからです。英語から取り入れられた外来語でさえも、その本来の言葉の発音とはいくぶん違います。

それでは、この翻訳不可能とも思われる英語のだじゃれを翻訳者はどう処理しているのでしょうか。

だじゃれが使われている例を見てみましょう。

“There’s the tree in the middle,” said the Rose: “what else is it good for?”
“But what could it do, if any danger come?” Alice asked.
“It could bark,” said the Rose.
“It says “Bough-wough!” cried a daisy.
“That’s why its branches are called boughs.

この例文でどこがだじゃれになっているかおわかりでしょうか。

答えは、下から2行目の”Bough-wough!”と一番下の行の”boughs”です。

最初の”Bough-wough!”は「吠えた時の声」として使われていますが、次の”boughs”は「大枝」という意味で使われています。まったく違う意味の言葉を2つ重ねることによって笑いを起こそうとしているのです。

ところがこれを日本語に翻訳するとしたらどうなるでしょうか。

“Bough-wough!”を「吠えたときの声」として訳すとしたら「ワンワン」となるでしょうし、”boughs”をそのまま訳したら「大枝」となってしまいます。しかし、そのように訳すとだじゃれが成立しないことになります。次の直訳を見てみましょう。

直訳:「吠えることができるよ」とバラは言った。
「『わんわん』と言うんだよ」とヒナギクが叫んだ。
「だからその枝は大枝って呼ばれるんだよ」

これではさっぱり意味が通じません。

ピーター・ニューマークは、だじゃれの問題について次のように述べています。

「もしもだじゃれを使っている目的がただ単に笑いを呼び起こすためだけのものであれば、翻訳するときいに、似通った意味の違う言葉を使って、違っただじゃれを作ることによって”補う”こともできることがある。

またクリスチャン・ノードは異なる解決方法を述べています。

もしも訳文中にだじゃれをどうしても約し出さなければならないというのでなければ、「だじゃれ」の問題は、例えば、だじゃれ(のもととなる発音の要素)を訳さずに、全体的な意味がわかるようにして訳すことによって解決できる。

では、例であげた英文中のだじゃれを翻訳家はどう訳しているでしょうか。矢川澄子氏と柳瀬尚紀氏の訳を見てみましょう。

まずは矢川澄子氏の訳を見てみましょう。

「まんなかに木がいますよ。あの木が何のためにいると思って?」とバラの答えだ。
「だって、いざってときに、木がなんの役に立つの?」
「わめきますよ」とバラ。
「すごい声でわけくわ」ヒナギクが声をあげ、「だからヤーナキって、うるさがれるけど」

矢川氏の場合、”Bough-wought”と”boughs”のだじゃれを、訳文中に「木」と「ヤーナキ」というまったく新しいだじゃれを作ることによって補っています。

次に柳瀬尚紀氏の訳を見てみましょう。

「まんなかに木がいあるじゃない」薔薇がいった。「ほかになんのためにいると思って?」
「でもなにか危ないことになったら、あの木がなにをしてくれるの?」アリスは尋ねた。
「花をくくってくれるのよ」薔薇がいった。
「『木で鼻をくくる』っていうじゃないか」雛菊がいった。「そんな枝葉末節のことを聞かないでくれよ!」

柳瀬氏の場合も矢川氏と同様、訳文中に新しいだじゃれを作ることによって、だじゃれ問題に対処しています。ただし矢川氏とは異なるだじゃれです。

柳瀬氏は、”Bough-wough”と”boughts”を「花をくくってくれるのよ」と「木が鼻をくくる」というだじゃれで料理しています。まさに翻訳の神業ともいえるでしょう。

私が考えてみた「だじゃれ解決法」は次の5通りです。

(1)直訳した場合、意味が通じる場合、だじゃれ(のもととなる発音の要素)を省いて意味を重視して訳す。
(2)訳文中に異なるだじゃれを作る。
(3)直訳した場合にまったく意味をなさないと思われる箇所を省いて訳す。
(4)原文の意味を重視して訳し、だじゃれになっているところは、翻訳者の注としてかっこ書きで説明する。
(5)原文の意味を重視して訳し、だじゃれになっているところにはルビをふって、だじゃれであることを読者にわからせるようにする。

英語のだじゃれは、それを直訳したのではだじゃれが成立しないことがほとんどですので、何らかの対処が必要となります。こういうところこそ翻訳家の腕の見せ所といえるでしょう。

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