この場合、100人中99人はカスミン以外の活躍によってそれなりに満足している。さらに、カスミンの手柄によって幸福度がちょっと上がっている。ただ1人、おじいちゃんだけが「めちゃ不幸」から「けっこうハッピー」になっている。そういう状態です。

 作劇上も、実際の事実関係と照らし合わせたとしても、おそらくはこの例え話のほうがリアルに近いものであるはずです。ペーペーのカスミン1人で医療チームを含む支援部隊全員を動かして新規の炊き出しムーブに導いたとするのは、どうにも無理がある。

 そして、カスミンが助けた人物がたったひとりだったとしても、それは栄養士として意義のある、そしてとても実りのある行為だったはずです。未曾有の大災害に際して無力感に苛まれた駆け出しの栄養士にとって、大いなる一歩です。

 さらに言えば、「何もできなかったけれど、あの人を助けることはできたんだ」ということであれば、結に感謝する気持ちもわからんではない。「結ちゃんのおかげで避難所全体が救われたんよ」は無理筋でも、「結ちゃんのおかげで、あのおじいちゃんが喜んでくれるアイディアが浮かんできたんよ」なら、ほら大丈夫じゃん。

 でも『おむすび』は、1人を救うだけじゃ満足できないんです。どうしても「栄養士・カスミン」が避難所の救世主となって、万難を排して100人全員を幸福に導かなければ気が済まない。そうじゃなきゃ、その行動に価値がないと思ってる。

1人じゃダメなんですか

 2013年にビートたけしが著書『ヒンシュクの達人』(小学館新書)の中で、約2万人の死者・行方不明者を出した東日本大震災について語った言葉を引用します。

「こういう大変な時に一番大事なのは『想像力』じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を『2万人が死んだ一つの事件』と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。」