今回のテーマは「学びの順番」。学習には対面授業、独学、テレビやラジオなどの視聴覚教材、動画サイトやオンラインコンテンツなど色々ありますよね。

私自身、大きな影響を受けたのが、恩師の存在。具体的には松本道弘先生と井上久美先生です。いずれも日本の通訳界に多大な貢献をした方であり、すでに鬼籍に入っておられます。初めて私が通訳の授業を受けたのは大学時代、井上先生の授業でした。夕方から夜にかけての授業でしたが、学生数は多かったですね。まだ外部の通訳スクールが高額の時代ゆえ、通訳者に憧れる学生がたくさん受けていたのです。井上先生は颯爽と教室に入ってこられ、「先ほどまで丸一日、国際会議の同時通訳をしてました」とさらりとおっしゃることがよくありました。まだPCなど無い時代ゆえ、先生のビジネスバッグには資料や辞書が大量に入っており、パンパンに膨らんでいました。

先生は、大学のある四谷から1時間以上離れた場所に住んでおられましたが、朝、早めの電車に乗っているときもひたすら新聞を読み「気になる記事はその場でビリビリと破く」とおっしゃっていました。当時は「女性が車内で新聞を読むこと」自体が珍し時代だったのです。その潔さに私を含め多くの学生たちが憧れていました。ファッションはいつもおしゃれ。ハイヒールを履きこなし、「自分にぴったりの服や靴を見つけたら、その場で色違いをまとめて買うのよ」とも述べておられました。

井上先生は外部でも教えておられ、そのスクールは比較的受けやすい受講料でした。早速通い始めたところ、ゲスト講師で松本道弘先生がいらしたのです。松本先生と言えば、海外に一歩も出ることなく米国大使館で西山千先生のもと、同時通訳者として活躍され、NHKテレビの語学番組も担当されていた方です。私からすれば雲の上のような方だったのですが、その日の講義が非常に面白かったことから、終了後、緊張しつつも個別に質問させていただきました。私の話を聞き終えた先生は、「キミ、面白いこと言うねえ。今度私の私塾・弘道館にいらっしゃい」とお招きくださったのです。以来、私は留学するまでの数年間、月一回の弘道館に参加したのでした。

当時はこのように「対面学習」が大きな位置づけでした。他の学習手段はせいぜいNHKテレビとラジオの語学講座だったのです。録音媒体はありましたが、ため込んでしまうのが嫌で私はリアルタイムで視聴していました。早朝の講座なら早起きして、夜遅い講座は眠気と闘いながら聞いたのです。東後勝明先生のラジオ「英語会話」や、テレビの「英会話」「上級英語」など夢中になって視聴しました。リアルタイムでの視聴ゆえ、こちらも集中力MAXで真剣勝負でした。

そこから派生して、英語の月刊雑誌や英字新聞なども学びの対象へ。パラパラとめくっていると色々な話題が目に入ってきます。多様な知識の引き出しを増やすうえで格好の教材となりました。

あれから今に至るまで、長い年月が経ちました。現在の私は英語学習に限って言うと、対面スクールに行くこともなければ、リアルタイムで語学講座を視聴することもなくなりました。雑誌や新聞も定期購読はしていません。ただ、仕事や授業で使う教材を自分なりに「調理」するようになったのですね。難易度は問わず、「目の前の素材」を音読したり既知単語でもあえて辞書で調べ直したりという具合です。そうした自分なりの創意工夫が楽しいのです。

振り返ってみると、私の「学び」には順番があったように思います。まずは対面における「憧れの存在」です。「あの人のようになりたい、カッコいい人に近づきたい」という思いが原動力となりました。その次がリアルタイムでのレッスン。対面授業や時間が決まった語学講座の受講です。その次の段階が雑誌や新聞。自分の好きな時間に読んだり学んだりという意味では今風に言うところの「オンデマンド型」です。そして最終段階が「自立学習」。目の前の素材を好きに工夫するということです。ここまでくれば、あとは自動操縦で学べるようになると私は考えます。

最近の教育界は「自主的な学び」「自律・自立学習」というキーワードを多く掲げています。ただ、そこに至るまでのプロセスも大事。出発点が「憧れの存在」だとすれば、、教壇に立つ者は自分の指導分野をこよなく愛し、それを後進に伝えることが至上命題となります。つまり、後進への責任がとても大きいと思うのですね。

(2022年6月21日)