富裕層こそ検討が必要な「相続放棄」
いま述べた一家の例は、相続実務においてはよくあることだ。被相続人に借金があることをよく調べもせずに「放棄する」と他の相続人に宣言するものの、法的には借金を負ってしまう……。
注意して欲しいのは、いわゆる富裕層である。親が持っていた不動産や金融資産などの遺産が莫大なものであれば、負債なんてないと思ってしまう。けれども資産規模が大きいということは、一方で負債もしっかり負っていることが往々にしてある。
こんな場面で「私は放棄する」と他の相続人に言ってしまえば、プラス資産だけ相続できずに、大きな負債はきちんと相続することになる。これは本当に悲劇である。
相続関係から完全に離脱するためには、家庭裁判所を通した「相続放棄」の手続きをすることである。被相続人に借金がある可能性がほんの少しでもあるのなら、検討するに越したことはない。
「相続放棄」をしても繰り返される借金の相続
相続放棄での注意点をもう一つ挙げておくとすれば、誰かが相続放棄をしたならば、後順位者も相続放棄を検討するべきということ。
これを説明する前に、前提として相続制度の「順位」について解説しなければいけない。現行民法においては相続には「順位」がある。配偶者は常に相続人になるため最優先順位だが、それ以外の相続人は順番があるのだ。子が第一順位であり、子がいないなら父母などの直系尊属が第二順位になる。第一順位の子と第二順位の直系尊属がいないなら、第三順位の兄弟姉妹が相続することになるのだ。
相続放棄に話を戻すと、放棄したことでこんなことが起こる。子どもが相続放棄をする。すると子どもは相続の関係では初めから存在しないのと同じだから、第二順位の直系尊属が、直系尊属がいないなら第三順位の兄弟姉妹が相続をすることになる。相続人の地位が移転するのだ。
特に兄弟姉妹は自分が相続人になるなんて思わないことが多い。現実に被相続人の子どもが存在するのなら、その子が相続すると思っているものだ。
相続放棄をするのなら、後順位の人にも相続放棄の検討をするように一声かけておくべきだろう。そうしないと被相続人の借金を後順位の相続人が被ることになって、一族の誰かが泣くことになるのだから。
文・碓井孝介(司法書士)
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