「父の遺産の相続は放棄したの。自宅不動産と預貯金があったけど母と兄が相続することになったわ」――。
こう話した女性のもとに数ヵ月後、身に覚えのない借金の請求がくる。生前に父親が負っていた借金だという。女性によると相続は「放棄」したそうだが、借金は借金であって基本的には返済しなければいけないのだ……。
ところで「相続放棄」とは、遺産を相続しないようにする制度だ。ポイントはプラスの遺産のみならずマイナスの遺産、つまり負債までをも相続しなくするという点である。
しかし、しかるべき手続きを踏んでしなければいけない。女性の例では手続きを踏んでおらず相続放棄になっていないのだ。消えるはずの借金が消えないことになるのだから要注意だ。
「相続放棄」になっていない「放棄」
相続放棄の仕方には注意が必要だ。「相続を放棄する」という表現は何も特別なものではない。言葉が難しく感じないせいか、「相続放棄」も簡単にできてしまうと思っている人は実は多いのだ。
相続人になった前述の女性は、きっと他の相続人にこう切り出したのであろう。「私はもう嫁いで別の家の人間だから相続は放棄するわ。遺産はお母さんと兄さんで分けて」と。
これでは「遺産相続放棄」になっていない。相続放棄するには相続の開始があったことを知った日から3ヵ月以内に、家庭裁判所への申述が必要だ。戸籍などの必要書類を収集し、裁判所において法的な手続きをしなければいけないのだ。
女性の他の相続人とのやり取りは、法的には「遺産分割協議」にあたる。長女がもらうはずだった遺産は「協議によって」母と兄がそれぞれ相続することになるのだが、これはプラス資産について話。負債についてはこの通りではないのだ。
負債の「遺産分割協議」は相続人だけではダメ
問題なのは、負債についての遺産分割協議は相続人間の話し合いだけでは成立しないということだ。つまり「遺産分割協議」によって女性が負債を含めて何も相続しないとすることは、相続人だけで決めることはできない。負債を特定の相続人が負わないとする遺産分割協議には、簡単にいうと「債権者の同意」が必要なのだ。
債権者としては、負債を相続したのは3人なのであれば、3人それぞれに債権を行使できると思っているものだ。「ある相続人はプラス財産を相続しないのだから、負債も相続していない」なんて都合のいいことは、債権者は考えてはくれない。