今回のレッスンでは、ニックネームの訳し方を見ていきましょう。
日本人が「しんちゃん」と聞けば、それが男性のニックネームであり、本当の名前が「シンイチ」なり「シンジ」なり「シン」のつく名前であることが分かるでしょう。
そのほかにも「ケンちゃん」「ユウちゃん」など、名前の一部に「ちゃん」なり「くん」なりをつけたニックネームが日本には多いのです。
また「松っちゃん」などのように苗字の一部をとってそれに「ちゃん」をつけてニックネームにしていることもあります。
このようなニックネームは日本人が聞けばニックネームであることが分かりますが、外国人が聞けば、それがニックネームなのかがわからないこともあるでしょう。
これと同じようなことが、英語のニックネームにも生じます。英語話者が聞けば、すぐにどういう名前の人のニックネームかがわかっても、日本人が聞けばそれが本当の名前なのかニックネームなのかがわからないということがあります。
例を見てみましょう。
この例は米国の作家ロバート・シュラーの著書からの引用です。彼が大学1年のときのことを述懐している場面です。
My professor approached me and kindly asked, “Are you having problems, Bob?” I said, “Oh, no, I’m doing fine.”
直訳:教授が私に近づいてきて、やさしく声をかけてくれました。
「ボブ、何か困ったことでもあるのかい?」
私は答えていいました。
「いいえ、別に何もありません」
一見、何の問題もなさそうに思えます。ですが、ロバート・シュラーが自分の学生時代のことを述懐して書いているのに、このボブという人はいったい誰のことでしょうか。
じつは、Bob はRobert(ロバート)のニックネームなのです。
日本人でこのことを知っている人はいったいどれくらいいるでしょうか。あまりいないことでしょう。そう考えると「ボブ」と訳すより「ロバート」と訳したほうが、著者のことを指していることがはっきり分かりますので読者にとって親切です。「ロバート」に修正してみましょう。
宮崎訳:教授が私に近づいてきて、やさしく声をかけてくれました。
「ロバート、何か困ったことでもあるのかい?」
私は答えていいました。
「いいえ、別に何もありません」
「ボブ」と訳しておいて、それが「ロバート」のニックネームだということを訳注で説明するという手もないわけではありませんが、どうしても「ボブ」と訳さなければならないという理由がなければ、「ロバート」と訳しても差し支えないでしょう。
このように翻訳家はニックネーム一つでも、読者が誤解を招かないように気をつけなければならないのです。
さて、それでは他のニックネームも少し紹介しておきましょう。
英語の名前のニックネーム
ニックネーム(本当の名前)
Mike(Michael)
Gerry(Gerald)
Bab (Barbara)
Betty, Bess, Bet, Besty, Eliza, Elsa, Elsie, Libby, Lisa, Liza, Lisbeth, Liz (Elizabeth)
Bill (William)
Cindy (Cinderella, Cynthia, Lucinda)
Sue, Sukey, Sukie, Susie, Susy (Susan)
Gill (Gillian, Gilberta, Gilbert, Gilberte)
ちょうど日本語の「しんちゃん」が元の名前が「しんいち」「しんじ」「しんきち」など、たくさん考えられるように、英語のGilの元の名前も
Gillian, Gilberta, Gilbert, Gilberteと複数考えられます。また、逆にElizabethのようにひとつの名前が多くのニックネームをもっているものもあります。
ニックネームと本当の名前が容易に連想できる場合はともかく、容易に連想できない場合で、かつ、連想できることが重要だという場合は、ニックネームをそのまま訳すのではなく、本当の名前で訳したり、本当の名前を訳注で示すなどの工夫をするといいでしょう。
今回のレッスンでは、ニックネームを訳すときの注意点を見てきました。
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