震災以降のアユを振り返ります。

 当日、どうしたらいいかわからない妹に「やるのは私だよ」と言いました。

 2週間後、東北に向かうなっちゃんとバッタリ会って、「……とうほく?」と言ってました。

 1か月後、ナベべに「ギャルらしいことをやれ」と言われて岩手のアキピーを思い出しました。それから11か月、アキピーに物資を送り続けました。

 この火曜日、「アキピーは仮設に住んでる」「ギャルだから前を向けとは言えない」とか言って不機嫌になりました。

 もうおかしいじゃんね。「ギャルらしいこと」としてギャル仲間に物資の支援を始めた人が、「ギャルだから前を向けとは言えない」って。しかも、サイズの合わないギャル服ばかり送り付けていたという。言動の不一致も甚だしい。アユ自身がギャルらしくありたいのか、ありたくないのか。アキピーにギャルらしく前を向いてほしいのか、ほしくないのか。

 しかも、この人に糸島時代に「ギャルなんて恥ずかしい」「私はニセモノ」と言わせてしまっていたために、さらに話がややこしくなっている。チャンミカと読モをやっていたことを、丸ごと黒歴史だと思っていた時期もあるわけです。

 そしてその「読モ時代」という設定も、神戸の古着倉庫で中学以来の再会を果たしたはずのアユとチャンミカの歴史を改竄して挿入されたものである。もう脚本が迷走に迷走を重ねて、意味を成してないんです。

 そんな無茶苦茶な経緯でたどり着いた「チャンミカが事務処理と経理をやっている」というセリフを吐きながら、あんなにドバっと涙を流して泣けるんだぜ。すげえよ、仲里依紗。プロ中のプロだよ。

 だいたいね、アユの背景を語りましょう、その人生を深掘りしましょう、今一度、ギャルの話であることを主張しましょうというのなら、絶対に無視しちゃいけない人がいるはずなんですよね。

 マキちゃんですよ。アユのルーツであり、『おむすび』における「ギャル魂」のルーツだ。震災方面からもギャル方面からも、アユを深掘りした先には、どうしたってマキちゃんがいるはずなんだ。