X(旧Twitter)なんか見てると、このドラマを評価している声は少なくありません。気持ちはわかるんです。人の不幸や自己犠牲が描かれれば、そこに共感する視聴者は一定数いるんです。ドラマを見て何も考えずに泣きたいという気持ちもわかる。セロトニンによるリラックス効果は実証されているし、それで見た人がリフレッシュして明日という日を楽しく過ごせるなら、いいことだとも思う。
でもね、そういうドラマという媒体の効用や社会的意義をちゃんと考えている人ほど、こういう卑劣な創作行為には否定的になると思うんですよ。
この卑劣が評価を二分したとき、何が起こるかというと、『君が心をくれたから』を楽しんでいるティーンたちにとってそれが「大人はわかってくれない私たちの物語」に変換されてしまうんです。私のような口汚い大人に、若者たちが耳を貸さなくなるんです。そうして、社会の中に断絶が起こるんです。
じゃこんな悪口書かなきゃいいじゃんって話ですし、大して読まれてないのに大げさなこと言ってんなよって自分でも思うけど、まあ仕事なんでね。いちおう真面目にやりたいんで、すみません。最終回も張り切って見ます。
(文=どらまっ子AKIちゃん)