それでもクラッシュに恋焦がれる14歳の少女は「あこがれの人が丸坊主になる」などとは夢にも思わなかった。

伊藤「私は千種さんが髪を切られるとは微塵も思っていませんでした。だって、当時のトップアイドルですから。普通に考えて丸坊主になるわけがないんです。プロレスだけじゃなく、テレビや歌の仕事もあるし、いきなりアイドルの女の子が丸坊主にされるわけがないと。試合は千種さんがKO負けしたんですけど、それでもまだ丸坊主になるとは思っていませんでした。試合結果がなんだかんだで覆って再試合になるんじゃないかなと。『最後に千種が勝つ』ということをまったく疑っていなかったので。おそらく、周りの同年代の女の子たちも同じ気持ちだったんじゃないかと思います」

 しかし、そんな願いも空しく目の前で無残な光景が繰り広げられ、会場には少女たちの悲鳴と嗚咽が響いた。

伊藤「結局はリングの中央に椅子が置かれて、ダンプ選手とモンスター・リッパーが千種さんの上半身を引っ張って、飛鳥さんたちが下半身を引っ張って、椅子に上げようとするヒールと上げまいとするベビーフェイスで争っていたんですけど、最後にヒール側が勝って千種さんが椅子に乗せられました。この時、私は『人生終わった』と思いました。そこから千種さんが髪を刈られ、ドラマでは会場のファンの女の子たちが泣き叫んだり、号泣したりしていますが、あれは当時の会場をそのまま再現していますね。実際は『キャー!』という悲鳴と、大阪なので関西弁の『やめてー!』という絶叫が飛び交っていました」

 当時のクラッシュ・ギャルズは単なるプロレスラーやアイドルではなかった。少女たちにとって彼女たちは「それ以上」の存在だったのだ。だからこそ、敗者髪切りデスマッチは良くも悪くもプロレスの枠を超えた反響を巻き起こした。

伊藤「当時のファンの女の子たちは、私と同じくらいの女子中高生が中心で、これは私基準の考えですけど、ほとんどちゃんとした恋愛の経験がなく、初めて本気で好きになった人が長与千種やライオネス飛鳥だったという子が多いと思います。その年代の子にとって、クラッシュ・ギャルズは単にプロレスラーとかアイドルというだけでなく『人生の一部』なんです。すべてを注ぎ込みたいと思える相手なんです。ですから、ファンの女の子たちにとってみたら、初恋相手に近いような人が目の前で血まみれにされ、丸坊主にされたわけです。ファンの女の子たちは、最初にアイドルとしての彼女たちを好きになっている人が多いから、プロレスへの免疫もあまり高くないのでパニックですよ。だから感情の持って行き場がなく、目の前で起きている悲劇に対して泣き叫ぶしかなかったんです」