しかし養成所にひとりでいくという勇気も出ず、結局お笑いが好きそうな友達3人に声をかけた。しかし見事玉砕。3人に断られた橋本さんはここでやっと腹を括る。もしここで芸人を選ばなければ、いつか会社で嫌なことがあったとき、あの時芸人になっていれば……という妄想を抱くのは間違いなく、そこでもまた「芸人」という逃げ道を使うのが目に見えていたので、そんな逃げ道を塞ぐべく、そしてお笑い芸人をきちんと諦める為に、お笑いの道に進むことを決めたのだ。
ここでその道を選んだお陰で、唯一無二の「銀シャリ・橋本直」という芸人が誕生したのだ。どんな動機だろうと、橋本さんは芸人になる運命だったのだ。
ちなみに僕は橋本さんとは違い、子供の頃から芸人を目指していた。きっかけは「ザ・ドリフターズ」がやっていた「8時だヨ!全員集合」(TBS系)だ。志村けんさんにはもちろん憧れたが、小学3年生の僕は面白い人たちに囲まれ翻弄される「いかりや長介」さんになりたいと思ったのだ。そしてブレることなく何があろうとお笑い芸人になるという思いを持ち続け、中学では「将来の夢」という作文を読み上げる際「芸人になる」と宣言し、周りから嘲笑われ、高校では3者面談で担任に「どう指導していいかわからない」と苦笑いされ、そして日本映画学校という専門学校では、講師に「この中でお笑い芸人を目指して入ってきたやついるか?」との問いに、僕だけが挙手し、周りの役者志望たちから「マジか?」という目で見られた。
しかし僕はお笑い芸人になる道をひたすら突き進んだのだ。専門学校在学中に芸人時代に所属していた「マセキ芸能社」にスカウトされ、見事芸人になれたのだ。そしていろいろなお仕事をさせていただいたが、結果として現在の僕は芸人ではない。つまり芸人に選ばれなかった人間なのだ。