ピノチェト独裁政権は民主化を訴える市民を容赦なく弾圧した。逮捕、処刑、拷問が繰り返され、4万175人が思想弾圧の対象となった。このうち3000人以上が死亡、現在も1469人の消息が分かっていない。
ピノチェト独裁政権が乳児の連れ去りを組織的に行ったのは、少しでも貧困層を少なく見せるためだったという。貧困層の乳児を国外に連れ出してしまうことで、貧困層の人口を抑え、経済政策が成功していることを世界に知らしめようとした。
独裁政権による乳児連れ去りはチリだけではない。隣国アルゼンチンでは1976年から1983年まで軍事独裁政権だったが、この間、約3万人が弾圧の対象となり逮捕、処刑、拷問された。
政治犯を収容する刑務所で反体制派の女性が出産すると、その乳児をすぐに取り上げ、母親は処刑された。乳児は軍関係者や独裁政権の支持者らの養子となり、独裁政権に忠誠を誓うように育てられた。
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