マチスモに魅了されるケンが示すもの
バービー人形の商品展開において、ケンは「おまけ」である。いてもいなくてもいい添え物。したがってバービーワールドにおけるケンにも仕事がなく、ただビーチにいるだけの役割しか与えられていない。バービーワールドという社会では軽視された存在だ。皆一様に「ケン」と名付けられているその他の男性たちも同様である。対照的に他の「バービー」たちは様々な仕事をもっている。
ケンはバービーと現実世界のLAに行って衝撃を受ける。そこでは男性が社会を動かしているからだ。ビッグマネーを動かしているのは男性だし、デカい車に乗りジムで筋肉を鍛えて自信満々に街を闊歩しているのも男性。何より、女性が自分に敬語で話しかけてくれたこと、男性であるというだけでリスペクトしてくれた(と感じた)ことにケンは感動する。マチスモに魅了され、「男であること」に自信をつけたケンは、その価値観をバービーワールドに持ち込み、マッチョな言動とライフスタイルに喜びと快感を見出し、他のケンたちの賛同を得る。幸福感に包まれた彼らは、やがてバービーたちと対立するのだ。
しかしよくよく考えてみると、これは現実社会で女性が不当な扱いを受けている状況の男女を入れ替えた逆転構図である。よしながふみの漫画『大奥』の批評的アプローチに近い。男女の立場を逆転させたことによって、問題の本質が明らかになってくる寸法だ。
バービーに責められたケンが「君こそ僕をダメにした」と反論するシーンでは、有能な女性が家庭に囲われることでスポイルされてしまう状況を連想するし、バービーたちの策略でケンたちが同じ男性同士で潰し合うのは、本来は連帯すべき女性同士が“男性社会の画策によって”いがみあわされてしまう状況に似ている。いずれも男女の配役を交換すれば一発理解だ。
極め付きはバービーの意気消沈ぶりだ。それまで女性中心社会、ユートピアのようだったバービーワールドにマチスモ的価値観がはびこり、有能な職業人だった他のバービーたちが次々と男たちのマスコットになっていく状況を前に、彼女は言う。「ここは完璧だった」「変化はイヤ」と。女性の発言力と影響力が強まる現実の男性優位社会で一部の老害おじさんたちが心の中で叫ぶ「変化はイヤ」が、見事に重なる。