千原「菜摘が佐保のことを好きになる気持ちは、言葉ではうまく説明できないもの。でも、誰かを好きになったり、憧れ、嫉妬したりする感情って、理由もなくあると思うんです。そうした言葉にならないものを、僕は描きたかった。『これって、LGBTQ映画なの?』とか『恋愛映画なんでしょう?』といった問いに、明確に答えられる映画にはなっていません。僕自身も、菜摘と佐保の関係は今もよく分からないままなんです(笑)」

 菜摘と佐保が出会うアイスクリーム店は、実は恵比寿駅近くにある猿田彦珈琲本店。こじんまりした、気取りのないコーヒーショップだ。また、優が通う銭湯は高円寺の「小杉湯」で撮影している。東京の最先端おしゃれスポットではなく、現代人がほっこりできるリラックススペースをロケ地に選んでいる。

千原「90年代に大ヒットしたウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』(94)が、僕は大好きなんです。それまでの香港はネオン看板が並んでいるイメージばかりでしたが、それって渋谷の109前のスクランブル交差点しか映していないようなものだったと思うんです。でも『恋する惑星』は何でもない日常的な景色が魅力的に撮られていました。僕も渋谷を舞台に、何気ない渋谷の街を魅力的に映し出したかったんです。猿田彦珈琲本店のこじんまりした感じは、4:3の画角で撮った本作に合っていました。僕の会社のスタッフが『銭湯を経営したい』と言っていたことがあり、そのエピソードも盛り込みました。渋谷にこんなコミュニティスポットがあればいいなと思ったんです」

 映画製作をデザインしたように、千原監督は「理想の街」を映画の中にデザインしたらしい。