坂本勇人が松井級のスターになれないシステム的理由

――中溝さんは一時期、野球から離れた時期もあったそうですね?

中溝 たぶん、誰にでも「人生で趣味どころじゃない時期」ってあると思うんですよね。個人的に就職して5年くらいはまったくプロ野球を楽しむ時間的な余裕がなかったし、サッカー関連の仕事をしていたこともあり、ドイツW杯後の2007年頃まで、大学生の頃から数えて、10年くらいは野球から離れていましたね。テレビで結果は追っても、球場に通うようなことはなかった。実感としては、その時代は世の中的にも野球のニュースがどんどん減っているなと感じていました。思い返すと、2001年にミスター(長嶋茂雄)巨人の監督を辞めて、2002年オフに松井秀喜さんがメジャーに移籍したタイミングで、巨人戦を見なくなった人がすごく増えたように思います。

――それから20年以上経った今、巨人のスター不在が嘆かれている現状をどうとらえていますか?

中溝 昔と大きく違うのは、ネットの野球サイトやテレビのスポーツニュースでまずトップで伝えられるのは、巨人戦の結果ではなく、大谷翔平選手(エンゼルス)などのメジャーリーガーの活躍ですよね。最近はヌートバー選手の打席結果まで報じられる。今はWBCで世の中に名前が出て、「世界と戦う」という鉄板ストーリーを入り口にそこから世間に浸透していくという流れですよね。昔のように、地上波中継の巨人戦をきっかけに、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜のような、いわゆる国民的なスーパースターが生まれることは、NPBを取り巻くシステム的にもう厳しいかなと。もし坂本勇人が、海の向こうのメジャーリーグにリアリティがあまりなかった30年前に登場していたら、おそらく松井秀喜級のジャンルそのものを代表するスターになっていたはずですよね。

 例えば今季、令和の4番の岡本和真選手が三冠王を獲っても、大谷選手のように時代の象徴としてCMに出まくるような状況にはならないと思います。だから、いつまでもジャイアンツ・アズ・ナンバーワン時代の価値観で止まっているのではなく、僕も「あの頃のプロ野球は国民的娯楽だった。でも、今の巨人だって面白い」というスタンスで書くようにしています。どちらかを下げるのではなく、「過去と今」を両方リスペクトしたいなと。

 今回のビジネス本でも触れましたが、野球選手も毎晩飲み歩いて派手に女の子と遊んでというのは、もう世間から許容されなくなってきているじゃないですか。だから、選手もファンも今のプロ野球に対する価値観をアップデートしましょうと。それは、野球を書く側も同じかなと思いますね。