資金がなければ投資はできない
しかし、いくら利回りが良かろうが、元本保証されていようが、20年後の利益は確実だと言われようが、現時点で手元にそれなりの原資がなければ、投資などできるわけがない。つまり子供を作って育てるだけの「経済的・時間的・精神的余裕」という名の原資が不足していれば、子作りなど検討の俎上にものぼらない。QOL以前の問題だ。
時間と精神はともかく、子づくりや子育ての可・不可を金銭の問題にすることに抵抗がある方もおられよう。しかし綺麗事を抜きにして言えば、「精神的余裕」はおおむね「時間的余裕」に比例し、ある種の「時間的余裕」は「経済的余裕」から生み出される。
『アフターサン』のカラムに万全の「精神的余裕」があったとは言えないが、残りのふたつ「時間的余裕」と「経済的余裕」は、トルコのリゾート地で数日間のバカンスを実行できる程度にはあった。それすらどうあがいても捻出できないのが、我が国が直面している超少子化社会だ。
『アフターサン』は、美しさと瑞々しさと切なさをたたえた傑作である。しかし、その傑作を観終わって頭をもたげたのは、「原資がなければ投資を検討することすらできない」という、美しくも瑞々しくも切なくもない、審美のかけらも身も蓋もない、悲しいほど余裕なき日本社会の現実なのだった。
『アフターサン』
監督・ 脚本:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
2022年、イギリス・アメリカ/101分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
5月26日公開
©Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022