子供をもつとQOLが下がる?

 と、ここまでは観客がソフィ側に立って物語を追いかける場合の考察である。しかし一方で、ある種の――たとえば子供がいる――観客は、むしろ親であるカラム側に立ちながら物語を追いかけるのではないか。

 カラムが登場するいくつかのシーンでは、彼の人生がそれほど順風満帆ではないであろうことが示唆されている。ソフィからの無邪気な愛情表現に時折「乗れない」「十分に応えられない」様子も描かれる。だが、応えられないのは彼がソフィを愛していないからではない。自分自身の人生をいまだに制御しきれていない、余裕がないからだ。現代社会における31歳は、まだまだ成熟しきっていない年齢だ。妻子と別居している男なら、なおのこと「色々」あって当然である。

 そんなふうに、個人として人生の諸問題を抱えながらも、精いっぱいの愛情で我が子に接する「親」としてのカラム視点で本作を捉えようとした途端、ここ数年ちらちらと視界に入ってくる、ある言説が思い浮かぶ。「子供をもつと幸福度が下がる」といった類いの、それなりに厚い支持層を擁する一連の主張だ。

 子供をもてば、趣味や交際のための金や時間は真っ先に削られる。妊娠・出産・育児によって体力や精神力は消耗し、生活全般に余裕がなくなる。場合によっては夫婦仲が悪くなる。子育てがキャリアアップの邪魔をする。そんなふうにQOL(Quality Of Life/人生の質)をみすみす下げるようなことを、あえてしたくない――。

 よくわかる。一理あるし、筋も通っている。一歳半の子の親である筆者としても、心当たりがないとは言えない。実際、QOLの低下を必死の思いで耐え忍んでいる親たちは多い。