家康は、信長の娘である五徳姫に頭が上がらなかったというより、徳川・織田の清洲同盟を象徴するのが信康と五徳姫の結婚生活であり、離縁は同盟の解消をも意味したので、より一層、慎重に事を進めざるをえなかったのだと思われます。信長は、信康と築山殿の処分については当初、徳川家中の反・家康派の拠点となっていた岡崎城からの追放と幽閉だけで納得してくれていたようですが、家康はその後、さらに一歩進んで、両者の命を奪うことまでしています。家康がこの判断に至った理由も気になるところですね。

　当主・家康の足を引っ張るような政治活動の目立つ正室・築山殿、そして嫡男でありながら、当主よりも母親に味方しようとしたり、粗暴な行動が目立つ問題児・信康。家康は、この厄介な2人を自らの強いリーダーシップで粛清することで、長引く戦の中でゴタついていた徳川家中の引き締めを図ったのであろうと考えられます。以前からこの連載では、信康そして築山殿の追放と処刑については、家康と五徳姫の利害が一致しており、2人の政治的連携があったのでは……というお話をしていましたが、この一連の騒動、通称「築山殿事件」の本質は、当主・家康を討ち取らんとするクーデターを企てていた正室・築山殿を、当主が逆に利用して排除するという血なまぐさい家庭内悲劇だったのではと思われます。

　これらの事件は、『どうする家康』においてはどのように描かれるのでしょうか。次回・第24回のあらすじには〈瀬名と信康が各地に密書を送り、武田方をはじめ多くの者が築山を訪ねていることを知った家康〉とありましたが、瀬名と信康が一体となって行動を起こし、武田などと内通するという展開は、今回ご説明したことと共通するように思います。しかし、予告映像には今川氏真（溝端淳平さん）と糸（志田未来さん／史実の早川殿）や、久松長家（リリー・フランキーさん）と於大の方（松嶋菜々子さん）が築山を訪れる様子もあり、「築山へ集え！」というタイトルにもあるように、ドラマでは瀬名たちが築山に実にさまざまな関係者を招き、徳川家中の反・家康派の拠点となっていくのでしょう。瀬名が武田との和議を千代（古川琴音さん）に提案していたり、お万（松井玲奈さん）から「男どもに戦のない世など作れるはずがない」という言葉を告げられていたりしたことを考えると、今や信長のコマとして言われるがままに戦を続けざるをえなくなっている家康に対し、瀬名は超党派のリーダーとして停戦に向けて活動するというお話になる気がします。

　こうした展開もドラマ独自の解釈ですが、史実とのさらなる大きな違いは、家康と瀬名がお互いに愛情を残している点でしょう。前述した『どうする家康 虎の巻』では「家康と築山殿の夫婦仲が悪かった証拠はどこにもない」と時代考証の平山氏が話していましたが、史料を読むかぎり、ドラマのように（事情があって別居しているものの）仲は良い、というふうには考えにくいところです。築山殿は亀姫を産んでからは家康との子をなしておらず、家康が今川家から独立したことで築山殿の両親が死に追いやられています。また、家康と離れて暮らしている期間が長いうえに、儀礼的にときおり対面する程度の関係だったことが史料からは読み取れるからです。

　ドラマの瀬名には、戦によって心身を病んでしまった我が子・信康を守らねばならないという母としての思いのほかに、夫の過ちは妻が正すべきという使命感も感じられます。第23回で新たな側室として広瀬アリスさん演じる於愛の方（史実のお愛）が登場した際、瀬名が「これで安心じゃ」と言っていたのが妙に気になる読者もいるでしょうが、死を覚悟で夫に反抗する所存なのかもしれません。想像していた以上に、瀬名の死は悲劇として描かれるような気がしています。