◆ふたりの女性が見た時代

――本作は歴史小説といってもちょっと変わったスタイルで、李方子という実在の女性と、マサという架空の女性が主人公です。マサは天涯孤独で困窮(こんきゅう)しており、身ひとつで生きていかなければならない……。方子とマサ、動乱の時代にあって対照的な立ち場にいるふたりの女性、それぞれの視点が交差しますね。

深沢潮(以下、深沢):当初は、李方子さんの生涯だけを追うつもりでしたが、書きはじめてすぐに“普通の人”がこの時代をどう生きたのか描く必要があると思ったんですね。方子さんは結婚して朝鮮の王族・李家の人間となりますが、終戦までは朝鮮で暮らしたことがありません。

マサは、朝鮮の活動家に恋をし、彼が帰国するとき一緒に海を渡ります。現実にもそういう女性は少なくなくて、本作の取材のため韓国にいったときも、結婚して朝鮮にわたり終戦後も現地に残った「日本人妻」といわれる方が多く住まわれている施設を訪ね、お話をうかがいました。施設では広間やそれぞれのお部屋に富士山の絵がたくさん貼ってあったんです。みなさん「懐かしい」とお話されていました。