◆そのことに気づかないで、一生を終えていく

「シュレーディンガーの猫」とは、オーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの思考実験だ。簡単に言うと、「箱の中に入っている猫が生きているか死んでいるかは、観察者が箱を開けた時に決定される」ということ。無論、箱を開けないことには猫を見ることはできないが、開けるという「関与」によってはじめて猫の状態が決定される。

※写真はイメージです
「ある夫婦関係が異常だというのは、その夫婦以外の外部の人、つまり観察者が指摘してはじめて本人たちが自覚できるものだと思うんですよ。だけど僕、親しい友人からよく言われました。『結婚して7年も8年もたってるのに、ずっと仲いいよね』って。外からじゃ、何か指摘するどころか実態なんて全然見えないものです」

 しかし園田さんはランニング中に、観察者なしの自力で、自分が“不幸せ”であると気づいた。

「激しい走りで脳の酸素が欠乏していたからかもしれません(笑)。でも、本当にたまたまです。なにせ8年間も気づかなかったんですから」

 物差しを当てる人間がいなければ、物の寸法はわからない。それが「大きい」のか「小さい」のかもわからない。

「だからね、この世界には、今この瞬間にも、かつての僕と莉子みたいな夫婦がたくさんいるってことですよ。“そのこと”に気づかないまま、もちろん離婚なんてしないで、平穏無事に一生を終える夫婦が」

 仮想世界で人生を終えたかもしれない、『マトリックス』のトーマスのように?

「それだってひとつの幸せだと思います」

 園田さんは、今日一番の笑顔を浮かべた。

【ぼくたちの離婚 Vol.25 シュレーディンガーの幸せ 後編】

<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>

【稲田豊史】

編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga