◆8年間の眠りから覚める

 ところが、莉子さんが最初にヒステリーを起こしてから実に8年後、すなわち入籍から10年目の春。園田さんがひとりでランニングしている最中に、“それ”は訪れた。

「その時走っていたのは、かなり急な上り坂で、相当息が上がっていました。そういうときは無駄な思考が全部削ぎ落とされて、頭がすっきり整理されるんです」

 ふと園田さんの頭に、1週間ほど前に配信で久しぶりに観直した映画『マトリックス』が浮かんだ。

『マトリックス』は、主人公のトーマスが『自分が生きているこの世界は、コンピュータによって作られた仮想現実である』ことに気づき、平和で快適な仮想世界を捨て、救世主「ネオ」として過酷な現実世界で戦うことを選択する物語だ。

「今までに何度も観てる映画だったのに、なぜかそのときはじめて“気づいた”んです。ああ、ネオは僕だ。今まで僕は自分の人生を生きていなかった、と」

ぼくたちの離婚 Vol.25 後編
 その瞬間、強烈な嘔吐感が園田さんを襲い、思わず道端で吐いた。

「ランニング中に吐いたのは初めてです」

 園田さんが8年間の「死」から目覚めた瞬間だった。

「天啓なんかじゃありませんよ。自力で気づいた。そこが大事なんです」

◆慰謝料750万円の要求

 帰宅した園田さんは明らかに様子がおかしかったらしく、翌日、莉子さんに「何か言いたいことがあるなら言って」と言われた。園田さんは莉子さんに胸の内をぶちまける。

「僕は今まで自分の人生を生きていなかった。これからは自分としてちゃんと生きたい。このままだと死んでいるのと一緒なんだ。そう言いました」

 驚いた莉子さんは「理解はできるけど、納得はできない」と泣きじゃくったが、幸いなことにヒステリーにはならなかった。しかし安堵もつかの間、話し合いを重ねて離婚が正式に決まった途端、莉子さんは信じがたい要求を園田さんに突きつける。

「あなたのために離婚してあげるから、慰謝料として750万払って」

 浮気したわけでもないのに、750万円はありえない。というか慰謝料の相場よりずっと高い。何を根拠にこの金額なのか。

「実は結婚が決まったとき、僕は祖母から生前贈与で1500万円もらっていたんです。相続時精算課税制度を使ったので非課税でした。莉子もそれを知っていて、だから半分をよこせと」