チェコ人が決して忘れることができない存在
感情表現が不得手で、職場も人間関係も長続きしない。オルガは、自分を苦しめる社会への復讐を決行した。オルガのあまりにも悲しい青春を映画化したのは、チェコの映画学校で共に学んだトマーシュ・ヴァインレプ(1982年生まれ)とペトル・カズダ(1978年生まれ)の両監督。チェコの作家ロマン・ツィーレクが2010年に発表したノンフィクション小説を原作に、本作を撮り上げている。チェコにいる両監督に、本作について語ってもらった。チェコで暮らす人たちにとって、オルガ・ヘプナロヴァーはどんな存在なのだろうか。
ペトル「映画を制作した時点で事件から40年以上の歳月が経っていましたが、チェコではオルガとオルガが起こした事件のことを覚えている人は多いんです。当時のチェコは社会主義時代で、起きてはいけないはずの凶悪事件であり、しかもオルガは女性で、チェコで最後の死刑囚でした。そのことから強い印象を残し、チェコの人たちの心に深く刻み込まれています。チェコで有名なアニメーション作家のヤン・シュヴァンクマイエルとその妻エヴァも、オルガに感化された作品をつくっています。そのくらい、彼女は影響力があったんです。チェコ人にとって決して忘れることができない存在なのが、オルガ・ヘプナロヴァーなんです」
トマーシュ「事件後にはさまざまなオルガ像がチェコでは噂されました。実はオルガは処刑されず、ソ連に極秘に連行され、今も生きているなんてデマも囁かれていたほどです。都市伝説的な存在になりつつあったオルガですが、そんな中で作家のロマン・ツィーレクが執筆したオルガの伝記は画期的でした。裁判の調書などが丹念に読み込まれており、それまでのオルガ像を一新したリアルな内容だったんです。当時のチェコでは大変な話題になりました。僕も読んで衝撃を受け、これは映画化しなくてはと思ったんです」