◆手の届かない美しさに手を触れた葛藤

©︎2023 劇場版「美しい彼~eternal~」製作委員会
 さて、ここで一度深呼吸。改めて、美しいという言葉をすこし考えてみる。人が誰かを美しいと言った途端、相手の美しさ(価値)は固定されてしまう。それは美しいと言った本人の主観でしかない。あんまりむやみにこの形容詞を使うのは危険かもしれない。

 原作を執筆する上で、凪良は、もちろんそのことを理解している。それでも清居が美しいことに変わりはない。誰が何と言おうと清居は美しいし、八木君も美しい。ときに平は、清居を「綺麗だ」と言うことがある。「美しい」に比べてそれはすこし身近な感じがする。

 風呂場で鏡に映る清居の悶える表情を見た平は、「綺麗だ」と言った。これは実際に清居に触れた感覚を表現している。「美しい」は、もっと手の届かない感覚。本作は、清居を神ように崇めていたはずが、手の届かない美しさ(清居)に手を触れたことで平が葛藤する物語でもある。