妻の浮気に対する怒り、そして世間からバッシングに対する怒りを「被害者」として、それもロックを「意識的に選んだ」上でぶつけてきた「Selective Outrage」だ、と夫妻を追い詰めるジョークは鬼気迫るものがある。

 しかし、ロックがこうした「被害者面で名声を得る」存在に、自らを意識的に当てはめていることは明確である。つまり冒頭のように、大舞台でビンタを受けた悲劇のコメディアンとして、クリス・ロックは評価を上げ、ツアーは盛況となった。自らの「脱毛症いじり」というジョークの是非にはあえて触れることなく、本作でこのような主張を展開したことにも「被害者」に徹するという意図がみてとれる。

 過去に共にその「肉体美」でも注目を集め、何より世間のバッシングにも晒された「悪名高き」スミス夫妻。当然、類い稀ない才能を持つ「優秀」な彼らが行なった「被害者面」にロックは疑問を投げかけた。その上で、自らもがそうした「被害者」として知名度を獲得したことを示唆的に観客に投げかけ、その矛盾を浮き彫りにする。