そして何より、その「被害者面」というテーマは、ロックがそのキャリアの中で一貫して行なってきた「黒人としての視点」さえ際立たせる。歴史における被害者感情をいつまでも一方的に抱くだけでは、前進しないという考えを発信し、その度にブラックコミュニティからも批判を受けてきたロック。差別や制度的不平等の是正のためには、同胞の意識改革こそもっとも先決と捉え、2016年のオスカーで多くの黒人映画人がボイコットする中、あえて黒人としてマイクを握り司会を務め上げた。

 ムチで打たれた歴史の「被害者」という主張に基づき、マジョリティの白人を「選択」して怒りの声を上げるだけでは、分断の社会が進展し得ないことを心底理解しているロック。スミス夫妻が彼に与えた怒りは、ロック自身が「被害者」という仮面をかぶることで、社会構造そのものの歪みさえ示唆的に映し出す。そして、圧倒的に大多数を占める黒人オーディエンスという会場の構図も、白人への「選択的な」怒りを浮き彫りにする運営側の「選択」であったように思えてならない。