松山ケンイチは撮影現場で監修に当たった介護士親子から多くを学び、ベテランの介護士然とした雰囲気を身につけている。

前田「長澤さんが出演を決められたのは、題材が持つ強さと、何よりも斯波を松山さんが演じることが大きかったと思います。2人は初共演ですが、お互いを認め合った上で撮影現場に挑んでいます。台本の読み合わせは軽く一度しましたが、リハーサルはいっさいせずに撮影本番に臨んでもらったんです。相手がどう出てくるか分からない、ガチでの演技バトルになっています」

 “安楽死”殺人を重ねてきた斯波を糾弾する検事の大友だが、安全地帯にいる人間にはどん底に陥った人間の心情は理解できないと斯波は逆襲する。生命の重さをめぐるディベートが繰り広げられる展開は、前田監督のブレイク作となった『ブタがいた教室』(08)に通じるものがある。妻夫木聡が小学校の教師を演じた『ブタがいた教室』は、撮影に1年を要した限りなくドキュメンタリーに近い劇映画だった。

前田「今回は10年がかりでしたが、『ブタがいた教室』は映画化するのに13年を要しました。人間の尊厳とは何か、人が生きるとはどういうことかといった真剣なやりとりの中から、現代社会の矛盾点が浮かび上がってくるスタイルが好きなんです」

 自分たちが世話をした子ブタの命を守ろうとする小学生たちの必死な表情が、『ブタがいた教室』では印象に残った。キャストのリアルな表情を追っているという点も、『ロストケア』と共通する。

前田「僕と松山ケンイチさんはシナリオを改訂するごとに意見を交換し合い、斯波のキャラクターをしっかり共有してきました。長澤まさみさんとは現場で何度も何度も綿密に話し合いを重ねました。最終的には長澤さん自身が役と向き合い、対する相手との呼吸で、そのときにしか生まれないライブ感溢れるセッションのような生身のリアクションを出してくれました。特にラストシーンの長澤さんの表情には圧倒されましたね」