――宇多田のメジャーデビュー当時、赤いセーターに軍パンの16歳が「Automatic」というR&Bを歌っている姿には、誰もが衝撃を受けましたね。そして僕ら40代手前から中盤ぐらいの人って、やっぱり「あの頃の宇多田ヒカルが好き」っていう人も、たしかにいますよね。

ミラクル:当時って、宇多田さんを“後ろから動かしていこう”って大人たちが大勢いたと思うんです。だけど、彼女が天才すぎて振り払われたと思うんですよ。「Movin’on without you」(1999年)も、大人たちに手綱を引かれてる感じはするけど、2枚目のアルバム『Distance』(2001年)を最後に曲作りはもちろん、アレンジも全部自分でやる世界に行かれて。だから、そういう大人たちに手綱を引かれていたのはちょっとの間ですよね。勝手なイメージですけど、1人で歌う人たちってそういうふしがあるけど……宇多田さんはそうはならなかった。もしも手綱をずっと引かれたままやっていたらどうなんだろう? という、興味もあります。

――ミラクルさん的には、そんな宇多田さんの変化を最初に感じたのが、「あなた」が収録されている3枚目のアルバム『DEEP RIVER』(2002年)ということですか。

ミラクル:というか「あなた」発売ですね。歌い方とか音が違うから、世間でも「声がちょっと変わったね」と噂されていたような感じで。だから、私もモノマネのために自分の声帯と宇多田さんの声帯のすり合わせをする練習をしました。「ここから、もっと特訓しなくちゃモノマネできないだろうな」と思っていたら、やっぱりどんどん声がかけ離れていった感があって。