社会派ドラマとして大きな話題を呼んだ『エルピス—希望、あるいは災い—』(カンテレ制作、フジテレビ系)での怪演が印象的だった安井順平が、本作でも嫌味で多面性のあるキャラクターぶりを発揮している。毒舌家の西川は、心優しい修一とは真逆のキャラクターだ。小説家になる夢を追う修一にとって、リアリストの西川は苦手な相手であり、現実の大人社会を代表する人間でもある。そんな西川に、莉奈が気に入られていることも腹ただしい。
かつてはお笑いコンビ「アクシャン」として活動していた安井順平だが、コンビ解散後は舞台俳優としてキャリアを重ね、近年は映画やテレビドラマで性格俳優として注目されるようになった。芸能界でサバイバルしてきた安井の実績が、コメンテーター西川の言葉をよりリアルに、嫌味ったらしく感じさせる。西川を嫌っている修一だったが、西川の書籍のタイトル『目の前の時間を生きろ』が修一の心にグサリと刺さることになる。
莉奈も修一も若さゆえに、お互いのナイーブな部分にまで踏み込み、傷つけ合ってしまう。莉奈役の穂志もえかにとっても、修一役の黒羽麻璃央にとっても、役に感情移入しすぎ、かなりハードな撮影になったようだ。山口監督のサポートに回った藤井プロデューサーは「剥き出しの感情をぶつけ合う黒羽くんと穂志さんの芝居は、監督として嫉妬してしまうほど素晴らしかったです」と語っている。
青春映画の定石どおり、物語の後半には恋する2人にとって残酷な結果が待ち受けている。挫折と別離を経験した修一と莉奈は、冷却期間を置いて再会を果たす。出会いの場となったあの居酒屋で、2人はもう一度対面する。映画の冒頭シーンがリフレインされるわけだが、以前の2人とはまったくの別人となっている。幼い表情を見せていた以前の修一と莉奈の顔は、すっかり大人の顔に変貌していた。