次に例題6を見てみましょう。

次の英文は赤ん坊が経験することを時間の経過とともに説明されたものです。赤ん坊は妊娠したときに「細胞的誕生」を迎え、9ヶ月ほどお母さんのおなかの中にいたあと「肉体的誕生」をし、寒さ、騒音、光、暗闇…といった恐ろしい状態に押しやられることになります。その後、どうなるでしょうか。それが書かれたのが次の英文です。

ここで問題となるのは、’stroking’ とPsychological Birthをどう訳すかです。

例題6

Within moments the infant is introduced to a rescuer, another human being who picks him up, wraps him in warm coverings, supports him, and begins the comforting act of ‘stroking’. This is the point of Psychological Birth.

まずある翻訳者の訳文を見てみましょう。

ある翻訳者の訳

この経験の直後に、新生児に救いが与えられる。だれかがとり上げて、暖かいおおいでつつみ、支えてくれ、「さする」という気持ちのよい活動も始めてくれる。これが心理的誕生である。

この翻訳者は、‘stroking’を括弧付きで「さする」と訳しています。たしかにstrokingは「さする」という意味の単語ですが、その前から読んでみてください。暖かいおおいでつつみ、支えてくれ、「さする」という…となっていますね。

では、なぜ「さする」だけが括弧付きになっているのでしょうか。この翻訳者は、英文でクオーテーションマーク付きだから、それに合わせて括弧付きにしたのだと思われます。しかし、「さする」という訳文だけを読むと、なぜ「さする」だけが括弧付きになっているのか読者には伝わらないのではないでしょうか。

じつはstrokeというのは心理学では「ストローク」という専門用語として扱われており、言語・非言語すべてを含めて「存在を認める行為」という意味で使われています。

昔は専門用語に関しては専門用語辞典等を調べなければなりませんでしたが、今や便利になったものです。ネットで検索すれば、専門用語であっても出てくることがありますので、専門用語かどうか迷うことがあったら、一度、ネットで調べてみるといいでしょう。

ここでは「ストローク」だけでもいいのですが、私はその元の英単語は何なのかも書き出し、さらにその一般的な定義もつけておきました。

ここではもう1点、Psychological Birthの訳し方にも気をつけましょう。上の翻訳者は括弧をつけずに「心理的誕生」と訳していますが、この言葉自体はあまり一般的な言葉とはいえず、専門用語的に使われているものです。英文においてもpとbをそれぞれ大文字にしてあることからもそれがうかがえます。そこで私は括弧付きにしました。

以上の2点を踏まえて訳すと次のようになりました。

宮崎訳

ほどなく新生児は救い手に出会う。その救い手は、自分を抱き抱え、温かい毛布で包み、支え、「ストローク(stroke =なでる、愛撫する)」という快い行為をしてくれる。これが「心理的誕生」に当たる。

今回は、いったん訳した後、時間を空けてから訳文を読み直す重要性と、原文にクオーテーションマークや大文字が使われているときの注意点を実例をあげて考えてみました。


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