四季折々の美しい映像にマッチするRADWIMPSの音楽
藤井監督が強くこだわったのは「1年を通して撮影すること」だった。そこには「劇中の10年を置き換えるようにして、春・夏・秋・冬の四季になぞらえて、2人の過ごした楽しくも切ない時間を丁寧に描きたい」という意図があったという。撮影は2020年の夏から始まり、冬を越して2021年の初夏にクランクアップ。桜の満開を待って、日程ををずらして撮影したこともあったそうだ。
その四季折々の光景は掛け値なしに美しく、本当に2人の10年間を見届けたような感慨深さがある。その映像をさらに盛り上げるのは、『君の名は。』(2016)や『天気の子』(2019)の劇中音楽でもおなじみのRADWIMPS(野田洋次郎)が、初めて実写映画で手がけた劇伴の数々だ。彼は撮影前に脚本を読んで主題歌と劇伴の一部を作り、キャストとスタッフはその音源を聞いて同じイメージを共有しながら撮影に臨んだという。
藤井監督によると、「(野田洋次郎は)音楽が出しゃばることで、2人の人生を台無しにしてしまうのが一番怖いと言っていた」「レコーディングではセリフと音楽がぶつからないように、フルオーケストラで録っているにもかかわらず何度もトライして、2人に寄り添う音楽にした」のだそうだ。彼がそのために費やした時間を総合計すると、映画を100回近く見ている計算になるという。
そのような音楽へのこだわり、たゆまないブラッシュアップがあってこその、1シーン1シーンがミュージックビデオのような躍動感と高揚感に満ちており、2人の幸せな時間を心から祝福するような多幸感に満ちていた。劇場の大画面と迫力の音響で、その感動は増幅するはずだ。
死による悲劇を超えた感動がある
映画『余命10年』で描かれることは、「死んじゃって可哀想」的な短絡的な悲劇だけではない。藤井監督は『青の帰り道』(2018)に代表されるように、痛々しくもかけがえのない青春模様や、問題の当事者だけでなくその家族の心情も丹念に描くことに定評のある作家であり、「抑圧的な社会での生きづらさ」や「それを上回るほどの大切な価値観」が描かれているからこそ、それぞれが胸に迫る内容となっていた。
『余命10年』における主人公は、前述したシニカルな視点と、「生きることに執着しないよう、恋だけはしないと心に決めて生きてきた」という確固たる信念も持ち合わせていた。その価値観を覆し、自身の心の扉をこじ開けたような青年との出会いは、辛くもあるが、同時に人生でいちばんの宝物になっていく。その「辛さ」と「嬉しさ」が同居した感情を、見事な映像と俳優陣の熱演を持って描かれているため、死を美化することも、お涙ちょうだいも避けると同時に、死による悲劇を超えた、複雑な人間の美しさをも見届けたような感動があったのだ。