矛盾せず共存する瀬戸康史の名演
女子高生から結婚をせがまれる古本屋の店主をなんとも軽やかに演じた『愛なのに』(2022)も素晴らしい文学系男子だけれど、筆者が最初に瀬戸を認識したのは、塩田明彦監督作『昼も夜も』(2014年)で、中古車店を経営する何ともぶっきらぼうな態度を貫く主人公の良介(なんと同じ役名!)だった。同作の瀬戸は、徹底的に無表情を貫く。それなのに、透明感のある演技が、さまざまな表情の豊かさを感じさせる不思議な印象があった。
両腕を左右に大きく広げながら自転車をこぐ姿など、どの場面のどのショットを見ても、生々しい演技が浮き出してくるような存在感。あんなに可愛い顔をして、こんなリアルで凄みのある演技ができる若手俳優がいたのかと、素直に驚いたものだ。
それでいて、『グレーテルのかまど』(2011年~、Eテレ)では、お菓子作りに励む素の状態の瀬戸がいて、お茶の間を癒やし続けている。それが矛盾していないのが凄い。『~スタンダールの小説論~』で言えば、メルヘンな妄想の中のマリウスと現実の涼介のふたつの顔が絶妙なバランスを取り合いながら、瀬戸は、ラブコメの世界観を安定させるように共存させる名演を見せている。
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