今から20年以上前にBBCで仕事を始めた際、私が一番気を遣ったのがaddictionという単語でした。drug addiction、alcoholic addictionなどがニュースでよく出てきたのです。凶悪事件が起きて、その背景にdrugがあった、あるいはセレブが事故を起こしたらalcoholic addictionの過去があったなどなどです。

当時先輩から言われたのが、「addictionを「中毒」と訳さないように」でした。放送通訳での正しい訳は「依存症」なのだ、と。

理由を聞いてなるほどと思いました。「中毒」と言うと、自ら率先して薬物やアルコールに手を染めるイメージがあります。しかし、患者の中には様々な背景により依存するようになってしまった、本人も早く断ち切りたいと思っているという状況があるのです。ゆえに「中毒」ではなく「依存症」なのですね。

残念ながら薬物やアルコール問題はこの世から無くなってはいません。天然痘(smallpox, variola)は1980年にWHO・世界保健機関により根絶が宣言されました。ポリオ(polio)は2020年にアフリカ大陸で根絶となり、残るはパキスタンとアフガニスタンだけです。病気や感染症はこうして医学の進歩により無くなりつつありますが、薬物とアルコールはむしろ深刻になっているのです。

話題が「中毒」なので、もう一つ単語を。

「食中毒」ということば。英語はfood poisoningです。この日本語を見るたびに私は「食への中毒(依存症)」では無いのに、なぜ「中毒」なのかと内心ツッコミを入れていました。それとも「食の中に毒がある」という解釈??

早速調べたところ、「飲食物の中に有害な毒素があり、それを摂取した結果、嘔吐や下痢などの中毒が引き起こされる」というのが定義だそうです。つまり、ここで言う「中毒」はpoisoningなのです。薬物中毒の中毒はaddiction(嗜癖)のことです。「依存症」は英語ではdependencyですから、何やらややこしいですよね。