今回は、こちらのご質問にお答えします。

「好きな翻訳家って、いるんですか?」

はい、います、います。たくさんいます! 世の中には「好きな作家の作品を芋づる式に読んでいく」方は多いのですが、「好きな翻訳家の作品を芋づる式に読んでいく」方はあまりいらっしゃらないんですよね。「あの方が、こんな作品も手がけていらしたのか!」「このジャンルでも、こんな素晴らしいお仕事を!」という発見や感動を味わえないのは、もったいないなあと常々思っています。

この連載のインタビューにご登場いただいた翻訳家の方々は、私が好きで興味を持ってインタビューをお願いしているので、これまでのシリーズを振り返っていただければうれしいです。

それ以外でお名前を挙げると、まずは池田真紀子さん。ジェフリー・ディーヴァー作品の翻訳を数多く手がけておられます。このシリーズでの翻訳も好きですが、『蜜蜂』でのお仕事が素敵でした。池田さんの翻訳を女性にたとえるなら、「黒髪ロングのクールビューティ」という印象です。無駄のない文章から立ち上がってくる独特の緊張感に魅了されます。特に好きな作品は『煙が目にしみる』で、著者の個性やユーモアと池田さんの翻訳の持ち味が重なり合って、素晴らしいマリアージュに……! (なんだか料理エッセイのようになってきました……。)

それから、小川高義さん。ジュンパ・ラヒリ作品の翻訳を手がけておられます。『低地』の静かで透明感あふれる端正な文章、美しい字面。こちらも女性にたとえるなら、「肌の手入れが行き届いた、伏し目がちで楚々とした美女」でしょうか。たとえることでかえってわかりづらくなったような気がしないでもありません……。好きなものについて語ると、愛情があふれすぎて私の脳がおかしくなることだけはおわかりいただけたかもしれません……。

ともあれ、当然ながら小川高義さんの作品も芋づる式で拝読していたのですが、『魔が差したパン』を読んで、「あれ?」と思いました。「私の知っている小川さんじゃない……」と。本書はO・ヘンリーの作品なので、翻訳も著者の作風に合わせて硬質なものになっています。作品に合ったものを提供するという意味で、翻訳家として見事なお仕事をされているのです。ただ、私の中ではジュンパ・ラヒリ作品のイメージが強かっただけに、「私が求めているのはこれじゃない」と思ってしまったのですね。楚々とした美女に再会するつもりでいたら、渋いおじさんが出てきて、「いや、あの、あなたじゃなくて。えーと、彼女はどこへ?」と動揺してしまうような……。同じ翻訳家の方でも、作品によって持ち味の表れ方が違うのですね。ラヒリ作品が、私の求める理想のマリアージュ(料理エッセイふたたび)だったということでしょう。

こうして「どんな翻訳家が好きか」「どうして好きなのか」「どの作品が好きか」「どういうところが好きなのか」と考えていくのは、とても大事なことだと思います。その作業を通して、自分が求めているものや、目指す方向性が見えてくるからです。

何かを好ましく感じて、それに心惹かれるとき、自分の中にも同じものに育つ種があるのだと思います。私が池田真紀子さんや小川高義さんの翻訳を素敵だと感じるなら、「黒髪ロングのクールビューティ」な文章や「肌の手入れが行き届いた、伏し目がちで楚々とした美女」のような文章を書ける可能性があるということ。だからその種を見つけることから始まるのです。

きっと、種を持っている方はたくさんいるはずなのです。だけど見つけなければ発芽させることはできませんし、発芽してもきちんと水やりをして育てていかなければ花開くこともありません。好きな翻訳家を見つけるのは、その長い、長いプロセスの第一歩になってくれるのではないでしょうか。

好きな翻訳家はまだまだたくさんいますが、また謎の料理エッセイになってしまいそうなので、このへんで。代わりに今後のインタビューでご登場いただければと思います。

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