このまえ読み終わった本に、「緒方貞子−難民支援の現場から」(取材・構成 東野 真、集英社新書)があります。読もうと思った直接のきっかけは、ある国の難民認定の基準に関する資料を訳したことです。翻訳作業中は、「Torture(拷問)」とか、「迫害(persecution)」といった単語の羅列で、夢にまで出てくるほどでした。
仕事だけではなく、NZに来てから難民の存在がとても身近になり、おのずと関心を持つようになっているのも事実です。
数年前に、娘が通う小学校で、ESOL(英語が第二言語の子供たちに教える英語)のボランティアをしていた時に、アフガニスタン出身の姉と弟を担当しました。2人ともとても素直で、一生懸命で、1週間に1回、それぞれ20分ほどのセッションでしたが、とても楽しい時間でした。フォニックスの教材を主体にして、英語の読み方や基本的な単語を教える、というものなので、私のような英語が母国語でない者でもできるボランティアだったのです。
あるとき、何かの会話の拍子で、当時6年生だったお姉さんのザーラが時計の読み方を知らないことに気付きました。そこで、「短針が時で、長針が分を表す」というところから教えてやると、大層喜んでくれました。
でも、なぜこんな基本的なことが分からないのか疑問だったので、セッションが終わったあと、ESOL担当の先生に聞いてみました。すると、戦乱で危険だったため、アフガニスタンにいたころは、学校に通えていなかったということでした。きっとご両親も、子供の教育の前に、まず安全の確保だったのでしょう。
そういえば別の時に、ザーラが「アフガニスタンにいたころは、アフガニスタンの言葉と、ロシアの言葉が全部で5つは話せた」と言っていたので、「へー。すごいなー」とただ感心していたのですが、それはロシアの侵攻による結果に違いありません。あとから気付いて、自分の能天気ぶりに我ながらあきれてしまいました。
ニュージーランドは人口わずか400万人の小国ですが、毎年、約800人の難民を受け入れています。難民たちはまず、オークランド空港の近くのマンゲレという地区にある、難民センターで定住のためのプログラムを受けます。
その後は、指定された居住先で定住するようになります。娘が通う小学校にも、全員が難民というわけではないでしょうが、アフガニスタン、パキスタンといった国の出身の子供がかなりいます。
一方、日本政府が認定した難民の数は、難民条約に加入して以来20年間で、合計300人にも満たないそうです。
日本で会社員をやっていた90年代、私は恥ずかしながら、世界情報にまったく無関心でした。メーカーでの広報という仕事に、忙しく、自分なりに取り組んでいたとは思いますが、おいしいものを食べに行ったり、ブランドの洋服や靴を買ったり、海外旅行に出かけたりといったことを楽しみ、そんな生活に疑問を抱くことさえありませんでした。
だから、イラク北部で180万人ものクルド難民が発生したことも、「民族浄化」という名の下に大量虐殺が繰り広げられた旧ユーゴ紛争も、ルワンダの大虐殺に伴う大量難民も、ニュースでちらっと見たりして、知識としては知っていましたが、それで心を痛めることもなく、おもしろおかしく過ごしていました。
でも、緒方貞子さんはその10年間、国連人道機関であるUNHCRのトップとして、世界の難民支援を指揮してきたのです。私は、自分のこれまでの無知、無関心を恥ずかしく思うと同時に、同じ日本人として誇らしく感じながら、この本を読みました。
たぶん日本では、まだまだ以前の私のような人が多いのではないでしょうか。それに、もしNZに来ていなかったら、私自身が変わっていなかったと思います。「難民」というものがどういうものであるか、なぜ発生するのか、日本は、そして私たちはどうしたらいいのか、ピンと来なくて当たり前でしょう。
もちろん、この本を読んだからといって、そして、難民に関する情報を知ったからといって、世界を変えることができるはずはありません。でも、同じ時代に生きる私たちが知っておくべき事柄ではないかと思います。この本では、非常に分かりやすく、端正な文章で、緒方さんが取り組んできた難民に関する活動、考え方が紹介されています。
それから、ルワンダの惨状については、映画「Hotel Rwanda(ホテル・ルワンダ)」があります。ハリウッド映画のようにスカッとしたり、ハッピーになったりすることはなく、むしろ事実の重さに心が沈みます(事実を元にしている)が、自分が知らなかった現実の世界のイメージをつかむのに役立つかもしれません。
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