今回のレッスンでは、英語と日本語の表記法の違いをどう処理するかを見ていきます。
英仏翻訳とか英独翻訳のように、ローマ字表記の言語間での翻訳の場合、表記法の違いによる問題はあまり発生しないでしょう。
私は海外のさまざまな翻訳関係の専門書を読んでみましたが、原文の言語と訳文の言語の表記法の違いによる問題点を取り上げているものとしては、クリスチャン・ノードの”TEXT ANALYSIS IN TRANSLATION”1つが見つかったのみでした。
彼は同書の中で次のように述べています(訳は宮崎)。
特定の表記法が使われているということは、何か特別な意味があるということである。例えば、ドイツの新聞”Frankfurter Allgemeine Zeitung”は、タイトルと見出しだけはゴシックタイプが使われるが、これは同紙の伝統を示すものであり、同時に同紙の哲学的・理念的期限について知らしめるものである。原文とまったく同じ効果を訳文に持たせようとするならば、翻訳者は原文のこのような「非言語的な要素」をすべて考慮して訳さなければならない。
するどい意見です。
日本語の表記法は漢字、ひらかな、カタカナを使うので、ローマ字を使う英語とは格段の違いがあります。したがって、英語と日本語の表記法の違いをどう処理するかも大きな課題といえます。
実例を見ていきましょう。
(1)英文に強調する目的でイタリック体が使われている場合、それを同処理するか
まず次の例文を見てください。
One thing was certain, that the white kitten had had nothing to do with it:- it was the black kitten’s fault entirely.
まずは直訳してみましょう。
直訳: ひとつだけ確かなのは、白い子猫はなんの関係もなかったということだ。みんな黒い子猫のせいだった。
しかし white がイタリック体になっているので、それをなんらかの方法で訳文に反映させるとしたらどういう処理のしかたが考えられるでしょうか。
私が考えた方法は以下の4つです。
①white の日本語訳に傍点をつける
②white の日本語訳をほかの訳文とは異なる文体で表す。例えば、本文が明朝体だったらゴシック体にするなど。
③white がイタリック体であることはあえて無視して訳す
④white がイタリック体であることを考慮し、原著者の意図を汲んで原文を修正して訳す。
①や②は比較的処理しやすい方法でしょう。
③はやむを得ない場合の処理のしかたといえるでしょう。
④を採用する場合、例えば、どのような修正が考えられるでしょうか。原著者の意図を汲んで修正してみましょう。
宮崎訳:ひとつだけ確かだった。それは白い子猫ではなく黒い子猫のせいだった。みんな黒い子猫のせいだった。
上記1から4のうち、どれが最も良い方法かはケースバイケースです。必ずしも④が最も良いとは限りませんので、その都度最も良いと思える方法を吟味して訳すようにしましょう。
(2)一般名詞が大文字で始まっている場合の処理のしかた
例文を見てみましょう。
“I never saw anybody looked stupider”, a Violet said.
vilotは「スミレ」という花の名前であり、一般名詞です。英語にはこのように大文字と小文字があるので、大文字を使って普通名詞を擬人化することがあります。例文では Violet と V が大文字になっています。
しかし日本語には大文字と小文字の区別はないので、そのまま violet を「すみれ」と日本語にしただけでは擬人化したことにはなりません。
この例文は『鏡の国のアリス』からの引用ですが、訳者の矢川澄子氏と柳瀬尚紀氏はこの箇所をどう処理しているでしょうか。両者の訳文を見てみましょう。
矢川氏の訳
「こんなにばかみたいなひと、はじめてだわ」
スミレがだしぬけにそういいだしたので・・・
柳瀬氏の訳
「こんな間抜けな顔をした人って、見たことない」
菫がいった。
両氏とも「スミレ」「菫」というふうに violet をそのまま訳しただけになっています。これはこれで一つの方法ではありますが、擬人化されていることを訳文に表すとしたら方法がないわけではありません。例えば「君」とか「ちゃん」とか付けるという方法もあります。ここでは「君」を付けて修正してみましょう。
宮崎訳:
「こんなにばかみたいなひと、はじめてみたわ」
スミレ君がだしぬけにそういいだしたので・・・・
今回のレッスンでは、英語と日本語の表記法の違いをどう処理するかを見てきました。英文でイタリック体が使われていたり、本来は小文字で表記すべきところが大文字になっていたりする場合、それによって原著者が何を表現しようとしていたか考えて訳すようにしましょう。
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