以上が点滴という医療行為の無効化についての問題。問題というか、暴挙、冒涜ですな。

 次に、医師という職業について。

 現代において、生きた人間に薬物を投与して意識不明の状態に陥らせ、その人間の腹を刃物で切り開いて臓物の一部を引きずり出すことを許されている職業は医師だけです。外科手術というのは、かくもおぞましい行為なわけです。そんなおぞましい行為がなぜ法的に許されているかといえば、その人間を生き永らえさせる上で有効であると科学的に証明されているからです。その証明は、たくさんの人間の命の犠牲の上に成り立っています。

 当然、この行為には大きな責任が伴うことになります。その責任の担い手である医師には高度な教育と倫理が求められる。人体という複雑怪奇な有機的構造物に対する総合的な理解が不可欠ですし、その資質が必要充分であることの担保として医師免許というものが存在するわけです。医師免許を取得することによって、その人には人の腹を切る権利が与えられる。その権利の中には、「いつ切るかの判断」も含まれることになります。

 医師の責任、命を預かる責任というのは、そういう類のものです。

 そうして医師が責任を持って判断した「いつ切るか」のタイミングを、誤っていると明言したのが今日の『おむすび』でした。栄養士の立場から疑義を申し立てるのではなく、「誤りだ」というジャッジメントを行ったのです。管理栄養士である主人公の価値を上げるために事態を単純化し、「医師の負け、結さんの勝ち」をやったのです。

 そりゃ医師だって人間ですから、判断を誤ることも少なからずあるでしょう。患者が主治医の方針に納得できなければ堂々とセカンドオピニオンを求めればいい。『おむすび』が卑劣なのは、インフォームドコンセントによる患者の同意を描かなかったことと、井上がなぜ「早急な手術」に踏み切ったかという理由を説明せず「暴走する身勝手な若手」というイメージだけを植え付けたこと、それに加えて前述した「点滴の無効化」というファンタジーを「結さんの勝ち」の根拠にしていることです。点滴と経口食を安易に対立させ、「点滴には効果がない」というウソを混ぜることで結さん側の主張を通してしまった。医師という存在を、「いつ切るべきか判断できない者」として貶めてしまった。管理栄養士を「医師より人体について理解している者」であると位置づけた。