逆に言えば、当たり前と思ってきた三度の食事のありがたさを、身をもって教えようとしているのかもしれない。
ある有名な親分の大好物は、きな粉ご飯だった。理由は刑務所の朝ごはんにきな粉が出ており、それを麦メシにかけて食べることを楽しみにしていたというのだ。そして出所してからも、時折り部屋住みの若い衆にきな粉を用意させ、朝食時にそれをごはんにかけて満足そうに食べていたという逸話が語り継がれている。
もしかすると、それは自身に対する戒めもあったのであろうか。刑務所の中の辛い生活を忘れないために、ごはんにきな粉をかけることで当時を回想していたのかもしれない。
またある親分は、よく朝ごはんにカボチャの味噌汁を作らせていた。その理由もまた、刑務所でカボチャの味噌汁がよく出ていたからだった。
本書の特筆すべきは、三品皿(さんひんざら)と呼ばれる仕切りのついた容器に、刑務所の食事が時にはレシピ付きで再現されている点だ。テキストだけでなく、写真を通しても、受刑者がどのような気持ちでどのような食事を実際に食べているかを実直に伝えようという想いが見える。どこか素っ気ない食事の数々は、読む側に受刑者たちの哀愁と、その中からこぼれ落ちる幸福を味わせさせてくれるのだ。
ちなみに、本書の著者である汪楠(ワンナン)氏は長期の服役経験を持ち、『怒羅権と私〜創設期メンバーの怒りと悲しみの半生〜』(彩図社)というヒット本を著したアウトロー界では知られた人物。本書の制作途中の2023年秋に強盗傷害教唆の罪で逮捕・起訴されているが、本人は無実を主張し、いまだ裁判は始まらず勾留中だという。そんな汪氏の活動が制限される中、同氏が立ち上げた、受刑者にその人が読みたい本を送る活動を中心にした支援団体「ほんにかえるプロジェクト」のスタッフたちが制作に協力してきた。本書は、受刑者の気持ちを知り、本気で向き合ってきた人たちだからこそ生み出せた力作ともいえるだろう。