アユが1か月もアキピーについて忘れていたのもおかしいよね。東北であれだけの地震が起きて、「東北に誰か知り合いいなかったっけ」と、これまで一度も考えていないということです。「最初の夜」に「やるのは私だよ」と言っていた人が。そしてそれを「ギャルにしかできないことをやれ」と言われるまで思い出さないということは、この1か月、アユはギャルではなかったということです。「どんなときでも自分らしさを大切にする“ギャル魂”」はどこへ?

 1か月、何も考えないし何もしてなかったアユが、ナベべのひとことでスイッチが入ったように東北のために奔走する。『おむすび』に登場する人物の心の動きは、いつだって「0→100」です。どん底にいる人が「ギャル」という呪文によって覚醒するばかり。

 私たちが見たいのは「0→1」や「16→23」、それに「49→51」や「99→100」のプロセスなんです。特に東日本大震災のような国全体を巻き込んだ大災害からの回復を描く場合、多くの視聴者は登場人物に心を重ねたくなるはずです。

 みんな、ドンって一気に元気になってないよね。日々、刻々と変わる被災地の状況に動揺しながら、それぞれに周囲の人やネット上なんかに痛みを吐き出しながら、助けられながら、少しずつ心を落ち着けていったよね。自分はこうだった、アユや結はそうだったんだ、みんな大変だったよな、しんどかったよな。そうして、彼女たちが少しずつ日常を取り戻していく姿に寄り添いたかったんです。

 糸島時代、玉ねぎの野菜染めの制作工程にほぼ15分のすべてを費やした回がありました。玉ねぎを剥いて、煮出して、染めて、乾かして、ようやくあのきれいな野菜染めが出来上がる。

 あそこで丸のまんまの玉ねぎが出てきて、「5時間後」ってテロップが出て、次のシーンで野菜染めが完成していたら興ざめでしょう。

 人間だって同じなんです。急に変わったら興ざめなんです。誰かの手によって1枚ずつ心の皮を剥かれて、さまざまな人の影響を受けて変わっていく。やがて美しいものになる、その段階にこそ描く価値があるんです。