◆少年が歌唱に込めた歌心

 2016年、「NHKのど自慢」和歌山大会でのひと幕。中学2年生の少年がマイクを手に歌ったのは、長山洋子が1993年にリリースした「蜩」だった。セレクトした曲の渋さはもちろん、中学生にしてこの説得力と貫禄。1番のサビに入ったところで、鐘が満点合格を打ち鳴らした。

 ゲストの長山もびっくりの歌いっぷりだ。母親のために歌ったという理由を聞かれ、涙を拭いながらこう答えた。

「母一人で育ててくれたので」

 客席にカメラが向けられ、母親もハンカチを握りしめて思わずこみ上げる。嘘偽りない理由を聞いて納得した。単なる“歌うま”なら、彼くらいの年齢の子にもたくさんいるだろうに、なるほど、この少年が歌唱に込めた歌心は、本物だ。本物だからドラマが生まれる。当然のことである。数ある歌声の持ち主から選ばれ、和歌山大会の週チャンピオンになり、その後見事グランドチャンピオン大会でNHKホールの舞台に立ったこの少年の名は、原田波人という。