◆「初体験の新しいワールド」を楽しむ

「誰もが、おばあさんになるのは初めてなんですよ」。この一言にハッとしました。年をとるのがこわい、年をとってからのひとり暮らしはさみしい……こんな風にささやかれますが、これらはすべて周囲の印象や想像に過ぎません。自分の思いではないのです。

「初体験の新しいワールド」を楽しむ
「年をとることを怖がらないほうがいい」と田村さん。なぜならそれは「当たり前のことだから」。そう、誰にでも平等におとずれましし、むしろ「初体験の新しいワールド」だと田村さんは言うのです。視力が弱くなったら、新しいメガネを試せるチャンス、耳が弱くなったら、聞きたくないことは聞かなくていいって解釈してみたり。その人のアンテナで、いくらでもプラスに変換できるのです。避けられない出来事からは、逃げるのは無理。だったらとことん楽しむのが勝ち。

「幸せ100個リスト」を田村さんは作成しています。「コーヒーの香りを嗅ぐ」「鉛筆を削る」「工事現場を観察する」……。日々いくらでも増えますし、お金もかかりません。

 ひとりの暮らしは毎日自由。ひとりをエンジョイさせるのは、その人の心向きにかかっているのです。田村セツコさん、85歳。好奇心のおもむくままの暮らしは、幸せの宝庫です。

<文/森美樹>

【森美樹】

1970年生まれ。少女小説を7冊刊行したのち休筆。2013年、「朝凪」(改題「まばたきがスイッチ」)で第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)を上梓。Twitter:@morimikixxx