高校で叶えられなかった夢を、もう一度、社会人でこいつと一緒に叶えたい。そして、こいつをプロに送り出してやるんだ。メジャーに進んだら、一回くらいアメリカに招待してくれよ、翔也。大丈夫だ、おまえならできる。
それくらいのことは、幸太郎は普通に考えてたと思うんだよな。その翔也がスーツ姿で、もう野球もできない体で、目の前で汗だくで頭を下げているわけ。その姿はすごく惨めで、すごく立派なんだよ。だから協力したいと思ったんだ。
「ごはん、大好きなんで役に立つと思います」
あの一言には、それだけの思いがこもっているわけです。キャッチャーは野球の世界では「女房役」と呼ばれます。野球選手と総務部の正社員、立場は変わってしまったけれど、いつまでも2人はバッテリーだぜ。幸太郎の笑顔は、そういう笑顔なんです。
翔也に1打席対決をふっかけ、結果的に翔也の選手生命を奪ってしまった大河内は「俺を恨んでいるか?」と言ったかもしれません。翔也は「そんなわけありません。自分の自己管理の甘さです」と答えたでしょう。
大河内「おまえのヨンシーム、打席から見てみたかったんだけどな」
翔也「いや、まあ……申し訳ないですけど、打てませんよ?」
大河内「バカ野郎、まあいい、行こうぜ」
翔也「え?」
大河内「その試食会の仕事が、今のおまえのヨンシームなんだろ? その決め球を見せてみろよ」
翔也「大河内さん……」
みたいな会話を経ての、あのぶっきらぼうな「どれ食えばいいの?」なんです。
そういう濃密な1時間があったはずなんです。ドラマなんだからさ、その1時間をくれよ。
「なんか、行きづらくってよ」なんてひと言で片づけるから、なぁーんも伝わってこないんです。もったいないと思うんですよ、こういうの。いくらでも中身を埋められるテンプレがあるのに、空箱のまま提示されている。ここをちゃんと描けば「仕事的には別に重要じゃなかったけど、翔也の人生にとってはひとつの分岐点だったね」という意味が生まれるのに。