その上にある表紙は秋篠宮佳子さん。横に「佳子内親王殿下」とある。古臭い、何やら半世紀前の週刊朝日のようだ。
だがもっと驚いたのは目についた記事である。
「鏡リュウジン 占星術研究家と読み解く2025年 あなたの星と運気はこう動く」「『迷信』と考える人にこそ読んでほしい風水と科学」「開運招福 運気を呼び込む私の習慣」
リニューアルって占い雑誌にすることだったのか! 売れないので女性読者を増やそうというのか! これがより深い、より充実した情報だというのか!
私が編集長だったら、いっそのこと今一番売れている『ハルメク』の男性版でも作るのだが。
まあ、私の子どものような世代が週刊誌を作っているのだから、年寄りが何いってんだと思われているのだろう。だが、これだけはいっておきたい。
週刊誌の原点は、新聞・テレビにできないことをやることだ。リニューアルするならその原点を忘れないでくれないか。それさえ守れば、まだまだ週刊誌は生き残れるはずだ。それ以外のことは些末なことだ。リニューアルとは、古臭い新聞社系週刊誌がやっていたことをやることではない。
気を取り直してポストの渡辺恒雄からいこう。
読売新聞のナベツネこと渡辺恒雄が亡くなった。享年98。
私の父親は読売新聞一筋で、戦前、正力松太郎と一緒に現場で働いたことが自慢だった。それほど小さい新聞社だった。
戦後すぐに「読売争議」が起きるが、父親は「俺たちがアカを追い出してやった」と時折、呑めない酒を呑んで私に話した。
今もそうだろうが、当時の読売は朝日よりはるかに給料が安かった。子どもの頃、月末25日前になると、母親とカネの工面の相談をしていたことを覚えている。
私も読売新聞を見て育った。朝日を読むようになったのは講談社に入ってからだった。
父親の関係で、よく学生時代には読売新聞にアルバイトに行っていた。編集者になってからも、知り合ったのは読売新聞の記者が多かった。