これほど肝の据わった被告を追い詰めるには、検察側の手駒が少なすぎたといわざるを得ないだろう。

 文春によれば、判決を大きく左右したのは、検察側が実施した28人の証人尋問のうち、3人の証言だったという。

 覚醒剤売人のAとBの2人。それぞれが別の日に出廷した。2018年4月7日、須藤本人から覚醒剤購入の電話を受けたのはBだった。翌日未明、田辺市内でその受け渡しを担当したのがAであった。

 司法担当記者がこう話す。

「Aが須藤に渡したのは“本物の覚醒剤”だったと証言した。一方、Bは“氷砂糖”を砕いた偽物だったと言い張った。当日の品を用意したというBは、のちに本物の覚醒剤を扱うようになったが、少なくとも須藤と接触した当時は、本物を入手するルートがなかったと」

 判決文では次のように触れられているそうだ。
 「被告人がAから受け取った品物は、覚醒剤であった可能性はあるものの、氷砂糖であった可能性も否定できず、間違いなく覚醒剤であったとは認定できない」

 さらに判決に影響与えた証言者は、野崎の長年の愛人X子。彼女は野崎からかかってきた不可解な電話の内容を法廷で証言した。時期は死亡する前の月の4月末頃とされる。

「覚せい剤やってるで、へへへ」

 突然でふざけた口調だったとはいうものの、判決文にはこうあるそうだ。

「野崎が、この出来事に近い時期に、実際に覚醒剤を摂取して死亡していることからすれば、前記の発言を一概に冗談と決めつけることはできない」

 さらに事故死だった可能性も完全には排除できないとして、無罪判決がいいわたされたようだ。

 野崎の資産から負債を引いた遺産総額は13億2000万円にも及んだという。

 謎めいた野崎の遺言状によって、遺産は田辺市に寄贈されてしまうようだが、配偶者の須藤には、民法で保障された遺産の取り分(遺留分)として、2分の1を減殺請求できる。

 ただし須藤被告が殺人で有罪が確定すると相続の権利を失う。